切られた裾の契約額

白鷺ヶ谷玻璃のアトリエへ、友人の九条原真珠帆が突然やってきた。

「結婚式、来月に決まったの。玻璃のドレス、友達割でただで貸して」

彼女が指したのは、展示用の一点物だった。玻璃はデザイナーとして国際コンテストへ出す予定があり、貸せないと断った。

真珠帆は頬を膨らませた。

「一日着るだけじゃん。友達の晴れ舞台より賞のほうが大事?」

数日後、アトリエの鍵が開けられ、ドレスが消えた。真珠帆は以前、荷物運びを手伝った際に合鍵を複製していた。

式当日の写真で、玻璃はドレスを見つけた。裾は大胆に切られ、胸元にはビーズが接着剤で足されている。披露宴では赤ワインもこぼされていた。

問いただすと、真珠帆は平然と答えた。

「私には長すぎたから直したの。宣伝になったんだから、むしろ使用料を払ってほしいくらい」

玻璃はアトリエの防犯記録を提出した。入室時刻、複製鍵の番号、ドレスを袋へ入れる姿。真珠帆のSNSには〈友人デザイナーから結婚祝いでもらった〉と書かれ、別の花嫁へ有料で貸し出す予約まで受け付けていた。

ドレスは単なる衣装ではなかった。海外美術館の巡回展へ出品が決まり、展示契約額は二千万円。改造と汚損で修復が必要となり、初回展示は延期された。

真珠帆は笑い飛ばした。

「布一枚に二千万円なんて、そっちが盛ってるだけ。原価で払うよ」

美術館の鑑定担当者が、制作記録、受賞候補証明、展示保険評価を示した。修復費、延期損害、無断商用利用を合算した請求額は千二百万円だった。

真珠帆の夫も、ドレスは贈り物だと聞かされていた。事実を知ると、式費用とは別に勝手な貸出予約まで作っていたことへ激怒し、共同口座から支払うことを拒否した。

真珠帆は玻璃へ言った。

「友達だったんだから、こんな額で人生を壊さないで」

「友達の作品を切ったのは、あなたです」

修復後のドレスは、切られた裾を生かした新しい意匠で美術館に展示されることになった。真珠帆は預金と宝飾品を売り、残額を分割で支払う合意書へ署名した。

展示札へ〈作品名・境界線/所有者・白鷺ヶ谷玻璃〉と刻まれた瞬間、ただで借りて自分の物にした花嫁には、裾より長い返済だけが残った。