削除された家族LINE

伊佐地家には、柚葉の知らない家族グループがあった。

名前は《柚葉矯正班》。参加者は夫の矩之、義母の佐和子、義父の邦彦。朝食が遅れれば「夕飯抜き」、法事への参加を断れば「実家との連絡禁止」と、三人で罰を決めていた。矩之はその指示を、いつも自分の意見のように妻へ伝えた。

柚葉が家を出た翌日、グループは削除された。

離婚調停で、佐和子は上品にハンカチを畳んだ。

「嫁を娘同然に思い、助言しただけです。息子夫婦の問題に口を出した覚えはありません」

邦彦も続ける。

「証拠もないのに、年寄りから金を取ろうとしている」

矩之は目を伏せたまま言った。

「柚葉が勝手に悪く受け取ったんです」

柚葉の代理人が、壁のモニターへ緑色の画面を映した。

《今日は眠らせるな。謝るまで廊下に立たせて》

《実家へ電話したらスマホを取り上げて》

《病院に行かせると記録が残る。まず家で反省させよう》

送信者の名前、時刻、既読数まで残っていた。

矩之が椅子を蹴った。

「消したはずだ!」

柚葉は、結婚祝いに三人から渡された共有タブレットを見た。家計簿用として台所に置かれていたが、矩之のアカウントが同期されたままだった。家を出る前、柚葉は画面を撮影しただけではない。弁護士立ち会いでクラウド上の全履歴を保全し、公証人による電子記録の認証も受けていた。

さらに、佐和子が近所と矩之の勤務先へ送った「嫁は精神的に不安定」という虚偽の文面、邦彦が柚葉の両親へ金銭を要求した音声が表示された。

弁護士は請求書を読み上げる。

「婚姻生活を破綻させた共同不法行為、名誉毀損、治療費および休業損害。慰謝料を含む請求総額二千八百万円。三名へ連帯して求めます」

佐和子の顔から笑みが消えた。

「矩之が勝手に書いたのよ」

代理人は最後の投稿を拡大した。

《三人で口裏を合わせれば、柚葉一人の言い分なんて誰も信じない》

送信者は佐和子だった。

調停室の扉が開き、書記官が決定書を運んできた。矩之の給与口座、邦彦名義の駐車場、佐和子名義の賃貸住宅に対する仮差押命令。

柚葉は削除済みと表示されたグループ名の下へ、決定書を置いた。