勝者を買った銀貨

王都騎馬競技会の祝宴で、デルフィーネ・モンテスは婚約者メルキオル・アヴェルから賄賂の罪を着せられた。

「決勝の審判へ銀貨百枚を渡し、私の優勝を買った。家名を汚す女との婚約は破棄する!」

彼の勝利を喜んでいた客たちが、一斉にデルフィーネから離れる。彼女は銀貨袋を見ても動じず、腰の帳面を開いた。

「その銀貨は競技会の供託金です。決勝前に、出場者の承認がなければ払い出せません」

供託契約の一頁へ指を置く。魔法で封じられた承認印が浮かび、メルキオルの紋章だけが赤く光った。デルフィーネの欄は未使用のままだ。

「審判へ渡すよう指示したのは、あなた一人です」

証拠はその承認印だけだった。それでも、勝者の杯は彼の手から床へ落ちた。

デルフィーネは競技会の会計を無償で引き受け、飼料一袋まで記録していた。メルキオルはその几帳面さを地味だと笑いながら、勝利のためには彼女の印を使おうとしたのだ。しかも不正が露見しそうになると、最初に切り捨てた。彼女の胸にあったのは失恋の痛みより、正々堂々走った馬たちまで汚された怒りだった。だから声を荒らげず、承認印だけを真っ直ぐ示した。勝負を決めるのは叫び声ではなく、越えてはならない線だ。

「私のために処理したのだろう。君が認めれば、婚約破棄を撤回して共犯として守ってやる」

デルフィーネは笑いも怒りもしなかった。

「私を罪人にした直後に、共犯として守るのですか。ずいぶん安い盾ですこと」

来賓席から、軍務公ヴァルディク・ローゼンが一人で立ち上がる。彼は大会総監でありながら、彼女の前へ証拠を運ばず、ただ契約の効力を認めた。

「承認印は正式だ。優勝者の称号は凍結する」

メルキオルが青ざめる一方、ヴァルディクはデルフィーネへ向き直った。

「軍馬局では、勝つ者より不正な勝利を止める者が足りない。監査役として迎えたい」

「公爵夫人として、ではなく?」

「最初は仕事だ。その先を選ぶ権利も、あなたに置く」

その答えを聞き、デルフィーネは胸の重石が落ちるのを感じた。メルキオルは「私の名誉を戻せ」と命じる。

彼女は勝者の杯を跨ぎ、元婚約者へ背を向けた。軍務公が差し出した大きな手を、今度は自分の未来を選ぶために取った。