北口ロッカー、二十一番
月に二度会う中継駅で、伏見茉弥と梨木浩太は小さなロッカーを借りていた。
二十一番。中には歯ブラシ、折り畳み傘、浩太の替えのシャツ、茉弥の化粧落とし。どちらの家でもない場所に二人分の生活があることが、茉弥はひそかにうれしかった。歯磨き粉は二人で使うから不自然に真ん中からへこみ、傘にはそれぞれ違う色の目印がついていた。ロッカーを開ける数秒だけ、遠距離ではない暮らしを先取りできた。
浩太が会社を辞めたと知ったのは、本人からではなかった。
その日、北口の管理窓口が閉まる十分前、浩太はロッカーの鍵を差し出した。
「返す。今月で解約しよう」
「どうして?」
「しばらく来られないから」
「仕事、忙しいの?」
一秒だけ間があった。
「まあね」
嘘だと分かった。それでも茉弥は「好きだから交通費くらい出す」とは言えなかった。失業した彼に向ければ、どんな気持ちも同情に見える。それだけが怖かった。
窓口の職員が「更新は二十一時までです」と声をかけた。残り七分。
「鍵、返すよ」
浩太がもう一度言う。
「返したら、終わりみたい」
「ロッカーが?」
「そう。ロッカーが」
浩太は苦く笑った。
「茉弥、知ってるんだろ。俺が無職なの」
逃げられない会話になった。改札へ行けば電車に間に合う。でも鍵は二人の間に置かれたままだった。
「知ってる」
「だから気を遣わなくていい。会うのも少し休もう」
「気を遣ってない」
「じゃあ、なんでそんな顔してる?」
好きだから、とは言えない。今言えば、慰めにしか聞こえない。
茉弥は鍵を取った。
「返すのは、今じゃなくていい」
「来月も払うの、もったいないよ」
「もったいなくない」
「何が入ってるわけでもないのに」
茉弥はロッカーを開けた。浩太のシャツから、使っていた柔軟剤の匂いがかすかにした。
「返したくないのは、鍵じゃないから」
浩太が息を止めた。その先を言う代わりに、茉弥は更新機へ千円札を入れた。
液晶に「契約期間を一か月延長しました」と表示される。出てきた領収書を二つ折りにし、茉弥は二十一番の中へ置いた。鍵は浩太の手のひらへ戻した。