十五分後の角砂糖
化学史講演会の開幕十五分後、名誉教授の南雲路宗一が控室で倒れた。午後十時十五分。机には飲みかけの紅茶があり、死因は即効性の毒物だった。控室の扉は内側から施錠され、窓も閉じている。
疑われたのは助手の薬袋彩、息子の一色廉太、研究上の競争相手である鳴瀬川征士だった。三人は十時から講堂の壇上に並び、配信映像にも途切れなく映っている。南雲路は「紅茶を飲み終えたら行く」と一人残った。講堂では司会が何度も彼の到着を待ち、客席の時計を確認していた。廊下には係員も立っていた。毒が効いた十時十五分には、誰も近づけない。
講演前、薬袋は資料を届け、一色は父に謝罪を求め、鳴瀬川は共同論文の撤回を迫っていた。三人とも九時半から五十分の間に控室へ入っている。砂糖壺もティーポットも、その間ずっと机の上にあった。
調べて得られた手掛かりは三つだけだった。第一に、紅茶には匙を使った跡がなく、南雲路は角砂糖を沈めたまま飲んでいた。第二に、毒は茶全体ではなく、カップの底に近い液だけから濃く検出された。第三に、砂糖壺に残る一個の角砂糖には、中央を一周する髪の毛ほど細い継ぎ目があった。
南雲路には、紅茶を注いでから十五分待ち、最後に甘くなった一口を飲む癖があった。講演でその習慣を笑い話にしたのは薬袋である。さらに彼女はその日、舞台実験用に「中が空洞の角砂糖」を作り、控室へ運んでいた。
「毒は紅茶へ入れられたのではありません」私は砂糖壺を閉じた。「薬袋さんが用意した中空の角砂糖、その中心に薄い膜で包んだ毒が隠されていた。砂糖が先に溶け、十五分後に膜が破れたため、毒は底に沈んだ最後の一口へ集中したのです。三人の十時十五分のアリバイは本物です。しかし継ぎ目のある角砂糖を作れ、教授が十五分待つと知り、同じ砂糖を控室へ置いたのはあなただけ。殺人は壇上に上がる前に仕掛けられていました。あなたのアリバイは、角砂糖が溶ける十五分間だったのです」