十五秒の沈黙
芹沢郁都が作った広告映像は、十五秒間、商品を一度も映さない。
速水雅臣クリエイティブ部長は、その案を最初に見たとき「CMで商品を隠す馬鹿がいるか」と捨てた。ところが試写会で若者の反応が突出すると、企画書の表紙を差し替え、自分の着想として最終プレゼンへ持ち込んだ。社内コンペの賞金も自分名義で受け取り、郁都には制作進行とだけ名乗るよう命じた。
会場には広告主の役員が十二人。速水は壇上で、沈黙の十五秒がブランドの余白を表すのだと語った。郁都は映像卓の後ろに座らされていた。
ブランド責任者の鳥越佳澄が尋ねた。
「別案の十三秒版も見せてください」
速水の指が止まった。
「別案はありません」
「あります。最後の二秒を雨音に替えたものです」
「それは制作途中の廃棄案でして」
鳥越は郁都へ視線を送った。郁都が十三秒版を再生すると、会場の空気が変わった。最後の雨音が、映像の外にいる誰かの記憶まで連れてくる。役員の一人が、こちらの方が海外向けに強いと呟いた。
速水はすぐ頷いた。
「ええ、私もそう判断して芹沢に作らせました」
鳥越はリモコンを置いた。
「速水さん。私は三か月、毎週火曜の午前零時に芹沢さんからラフを受け取りました。あなたが会議に入ったのは、先週が初めてです」
スクリーンにメール履歴が映る。郁都の名前が縦に並び、速水の名前は転送先に一度あるだけだった。
鳥越は代理店社長へ告げた。
「今回だけでなく、来期の世界展開も芹沢さんに任せます。契約額は十八億円。ただし、彼女をクリエイティブ責任者にし、速水さんを本案件から外すことが条件です。私たちは速水さんの肩書ではなく、芹沢さんの判断に発注しています」
社長が郁都を壇上へ呼び、速水からプレゼン用リモコンを受け取った。
「芹沢、最終決定を」
郁都は十五秒版ではなく十三秒版の採用ボタンを押した。スクリーンに「CREATIVE DIRECTOR 芹沢郁都」と表示され、速水が横取りした沈黙は、今度こそ彼自身のものになった。