十年後の面接

「おはよう、十年後の俺」

糸川慧悟がそう言うと、テーブルの上に三十七歳の自分が現れた。採用予測AIが生活記録から作る《未来面接官》だ。企業は現在の能力ではなく、未来像に現れる在籍期間と成果だけで採否を決める。だから応募者は毎朝、未来の自分と会話して予測を安定させる。

『今日は遅刻するなよ』

少し白髪の増えた慧悟が笑う。いつも通りだった。未来像が毎日同じ服を着るようになれば定着性が高い、と就職講座で教わったので、慧悟はその紺色のシャツを見るたび安心していた。

隣で香坂澄玲が自分の端末を起動した。彼女は今日、化学素材会社の研究職へ応募する。大学時代から耐熱樹脂を研究し、その会社の実験炉を「世界でいちばん美しい設備」と言っていた。

「おはよう、十年後の私」

椅子は光ったが、誰も現れなかった。

〈将来像を生成できません〉

澄玲は眉を寄せ、応募先を選び直した。同業他社では、四十二歳の彼女が白衣姿で現れた。公的研究所でも、眼鏡をかけた未来の彼女が手を振った。

「この会社だけ駄目みたい。相性悪いんだね」

彼女が最初の会社を選び直す。椅子はまた空になった。

慧悟は詳細欄を開いた。

〈予測在籍期間 184日〉

〈継続する候補者同一性を確認できません〉

退職なら、未来像は別の職場の姿で表示される。海外移住でも、育児休業でも消えない。消えるのは、十年後の本人を一人としてつなげられないときだけだ。先月、事故死した同級生の画面にも同じ文章が残っていたことを、慧悟は思い出した。

澄玲はその文を読まず、応募ボタンに指を置いた。

「未来にいないなら不採用でしょ。記念受験」

ところが画面には〈短期危険業務適性98〉と出た。未来に残らないことが、別の評価項目では長所になっていた。

〈採用可能性 99.6%〉

〈応募しますか〉

求人写真には、耐熱服と灰色の実験炉が映っている。会社は未来像が消える理由を候補者へ告知する義務を持たない。ただ、予測を採用効率に使っている。

慧悟は、澄玲の指が触れるより早く〈応募先から削除〉を押した。

空の椅子が消え、別会社の白衣姿が戻ってきた。

『危なかったね』

十年後の澄玲だけが、そう言った。