午前二時十三分の清掃票
午前二時十三分、清掃員は十三階へ十三秒だけ入れる。
扉が開いたら左足から降り、十三個の物に触れ、最後に清掃票へ利き手ではない手で署名する。黒いごみ箱だけは空にしてはいけない。中身があふれていても、臭っていても、火が出ていても、そのままにする。
夜間清掃の片峰は、毎週火曜に担当した。
十三階には机が一つしかなかった。最初の晩、机上には飲みかけの水、赤鉛筆、割れた眼鏡、乾いた弁当、卓上電話など、数えるのに都合よく十三個の物が置かれていた。片峰は順番に拭き、黒いごみ箱を避け、左手で署名した。
翌週、物の並びが変わっていた。弁当の蓋に「醤油」と書いた付箋が貼られ、電話の受話器は温かかった。黒いごみ箱には、片峰が前日に捨てたはずの離婚届のコピーが丸めて入っていた。
それから十三階は、片峰の一週間を先回りして片づけるようになった。
会社から届く契約終了通知。娘へ送れず消した誕生日メール。安売りのネクタイ。どれも地上で捨てる前に、黒いごみ箱の中へ現れた。片峰は見ないふりをした。規則に、中身を見てはいけないとは書かれていない。けれど、持ち帰ってよいとも書かれていなかった。
ある晩、机の上に物が十二個しかなかった。
片峰は数え直した。水、赤鉛筆、眼鏡、弁当、電話。十二。十三秒は短い。触れる物が足りなければ清掃未完了となり、翌月の契約は更新されない。
最後の一個として、片峰は自分の胸に触れた。
清掃票には、すでに署名があった。震えた左文字で「片峰」と書かれ、作業者欄の横に「廃棄せず」と赤い判が押されている。
扉が閉まり始めた。片峰は十三階へ残る気はなかった。黒いごみ箱を蹴らないよう飛び乗り、十二階へ戻った。
翌朝、契約更新の通知が靴箱に入っていた。期間は十三年。署名欄には、片峰の左手の字で承諾済みとある。
黒いごみ箱から持ち帰っていないはずの離婚届が、作業鞄の底にあった。その紙を突き破り、トマトの苗が一本伸びていた。十三個の青い実には、それぞれ清掃対象を示す小さなバーコードが貼られていた。