午前零時の乾燥機

 深栖紺乃は、眠れない夜にコインランドリーへ行く。

 洗濯物がなくても、薄い毛布を一枚だけ抱える。二十四時間営業の店は明るく、乾燥機が低い音を立てている。自宅の静けさより、誰かの暮らしが回る音の方が眠気を呼んだ。

 午前零時には、だいたい同じ客がいる。

 配送会社の制服を着た女性、学生らしい青年、白い犬の絵がついた袋を持つ老人。皆、顔は知っているが名前は知らない。

 会えば軽く会釈し、自分の機械の前へ座る。

 紺乃は毛布を乾燥機へ入れ、二十分の硬貨を入れた。

 温める必要はない。けれど回転する布を見ていると、頭の中の言葉も一緒に持ち上がり、落ちていく。

 その日は会社を休んだ。

 体調不良と連絡したが、熱も咳もない。ただ玄関から出る力がなかった。

 配送員の女性が隣へ座った。

「今日は少ないですね」

 彼女の足元には、制服のシャツが三枚入った籠がある。

「毛布一枚です」

「洗った?」

「いいえ。温めるだけ」

「贅沢な利用法」

「暖房より安いです」

 女性は納得したように頷いた。

 自動販売機のココアを二本買い、一つを渡してくれた。

「この前、靴下を拾ってもらったので」

 紺乃は覚えていなかったが、受け取った。

 缶は熱く、甘い香りが夜の洗剤の匂いへ混じった。

「明日も仕事?」

 紺乃が訊く。

「朝から。あなたは?」

「たぶん」

「たぶんの日は、制服を乾かさなくていいから羨ましい」

 責める声ではなかった。

 紺乃は、休んだ理由を説明しなかった。説明しなくても、毛布を温めに来た人としてここへいられた。

 乾燥機が止まる。

 扉を開けると、温かな空気が顔へ触れた。毛布から柔軟剤と綿の匂いが立つ。

 紺乃はそのまま肩へ掛けた。

「帰ったら眠れそう?」

 女性が訊く。

「たぶん」

「それなら十分」

 店を出ると、道路は静かだった。

 紺乃は温かな毛布を抱え、夜道を歩く。家は誰も待っていないが、乾燥機の音が耳へ残り、完全な無音ではなかった。

 翌週、眠れないわけではないのに、また午前零時に店へ行った。

 配送員の女性が会釈し、老人が機械の上へ飴を一つ置いてくれた。

 コインランドリーは寝室でも職場でもない。何も話さず、眠る前の自分を少し温め直せる、夜の待合室だった。