午後七時の参加ボタン
冬湖は、婚活という言葉が嫌いだった。
結婚が嫌なのではない。二十九歳の女が一人でいるだけで、「活動」という宿題を出される感じが嫌だった。
それでもスマートフォンには、土曜日の交流会の招待状が表示されている。〈二十代最後の週末応援企画〉という件名は、親切より脅迫に近い。
同じ日時に、陶芸教室の体験会もあった。以前から作ってみたかった青い皿。友人はメッセージで、〈こっちにしなよ。焦って変な人を選ぶよりいい〉と送ってきた。
画面には二つの申込ボタンが並んだ。
交流会は赤。陶芸は青。
机の右には交流会の紙の招待状、左には青い皿の見本写真を置いた。どちらも一人で申し込めるのに、赤だけが「一人でいたくない人の選択」に見えた。
青を押せば、冬湖らしい選択だと褒められる気がした。一人の時間を楽しめる、焦りに流されない女。赤を押せば、年齢に負けたと思われそうだった。
けれど本当は、冬湖は人に会ってみたかった。
誰かと暮らす未来を今すぐ決めたいわけではない。ただ、知らない人と話し、自分が何を望むのか確かめたかった。その好奇心を「焦り」と呼ばれるのが怖くて、興味のないふりをしていただけだった。
締切は午後七時。時計が六時五十八分を示す。
冬湖は赤いボタンを押した。
確認画面に〈参加目的〉の選択肢が出る。
〈一年以内の成婚〉
〈将来を見据えた交際〉
〈まずは会話から〉
三つ目に印をつけ、送信した。
当日、会場の前で逃げたくなった。受付の向こうには、未来を決めに来たような顔の人たちが見える。ポケットには、申し込まなかった陶芸教室の青いチラシが残っていた。
冬湖はそれを捨てず、四つ折りにした。来月、まだ皿を作りたければ申し込めばいい。
名札の裏には「会話時間・一人八分」と印刷されていた。八分で人生は決まらない。決まらないから入るのだ。
冬湖は受付に参加票を差し出した。焦りがなかったことにはしない。焦ったまま、自分の興味を選んだ。その赤い印を、誰かのせいにはしないと決めて、午後七時の扉をくぐった。