半歩ぶんの影

フィユとラッセムの町では、恋人の影は歩調が合うほど重なった。

付き合い始めた頃、二人の影は一枚だった。

フィユは足が速く、ラッセムは景色を見るためゆっくり歩く。

最初は互いに合わせるのが楽しかった。

「また先に行った」

「君が遅い」

「花が咲いてるのに」

「毎日咲いてる」

笑いながら手を引き、二人の影は夕暮れの道で長く重なった。

年月が過ぎると、フィユは無意識に歩幅を小さくした。

ラッセムは道端を見ず、彼女の速さへ合わせた。

どちらも相手のためだった。

どちらも少しずつ疲れた。

市場では、フィユが欲しい物を見つける頃にはラッセムが先へ進んでいた。

旅では、ラッセムが立ち止まりたい場所でフィユが「急ごう」と言った。

言葉にするほどではない半歩が、一日じゅう二人の間を行き来した。

影も少しずつずれた。

恋人たちは年に一度、月橋を渡る。

橋の上で影が完全に重なれば、次の一年も共にいられるとされた。

十年目の夜、フィユとラッセムは橋へ立った。

「ゆっくり行こう」

フィユが言う。

「君は速く歩いていい」

「合わせないと」

「合わせ続けたから、ここまでずれたんじゃないか」

月明かりの中、二人は初めて自分の速度で歩いた。

フィユの足音が先へ行き、ラッセムの足音があとから続く。

影は重ならず、橋の欄干へ別々に伸びた。

中央でフィユが振り返る。

ラッセムはまだ数歩後ろにいた。

「待つ?」

彼が訊く。

フィユは首を振った。

「待たれると急ぎたくなる」

「追うと、景色を見られない」

「うん」

二人は笑った。

別れの言葉は、どちらからともなく同時に出た。

「ここまで一緒に歩いてくれて、ありがとう」

月橋を渡り終えると、道は二つに分かれていた。

フィユは朝市のある東へ、ラッセムは花の丘がある西へ進んだ。

影はもう重ならなかった。

けれど離れていく二つの影は、それぞれ初めて自然な歩幅を取り戻していた。

恋は半歩の違いで壊れたのではない。

半歩を違わないふりで歩き続け、自分の足音が聞こえなくなったから終わった。

橋の向こうで二人は一度だけ振り返った。

今度は、どちらも相手を待たず、自分の速さで手を振った。