原作者席

同窓会の会場は、閉館後の映画館だった。

皆方芙実は受付で榛名川紗都を見つけると、後方の端席を指した。

「前は業界関係者用なの。紗都は後ろでいいよね」

紗都は深緑のワンピースに長い髪をまとめ、昔の地味な印象を残していなかった。それでも芙実は、図書室にこもっていた彼女を、今も“物語しか友達がいない子”のまま扱った。

「映画、好きだったもんね。今日の先行上映、見られるだけで嬉しいでしょ?」

「うん。楽しみにしてた」

スクリーンには、この冬最大の話題作の予告が映っていた。芙実は配給会社の宣伝部に勤めており、同窓会を兼ねた特別試写を手配したと得意げだった。

「原作小説、読んだ? 世界で八百万部だって。作者は取材嫌いで顔を出さないらしいけど、宣伝は私たちが育てたようなものよ」

紗都は小さく笑った。

上映前、舞台照明が点いた。監督と主演俳優、出版社の編集長が登壇する。芙実は関係者席へ座ろうとしたが、スタッフに止められた。

「その席は原作者用です」

編集長がマイクを持った。

「本日は、長く素顔を公表してこなかった原作者にもお越しいただきました。小説『冬の標本』の著者、榛名川紗都先生です」

客席が一斉に振り返った。

紗都が立つと、主演俳優が舞台から手を差し伸べた。スクリーンには、海外版の表紙と印税契約、次回作の映像化決定が次々に映る。端正な横顔が巨大な画面に映り、客席から感嘆の声が上がった。

芙実は立ったまま、配給会社の上司へ言った。

「私、知ってたんです。同級生で……」

上司は眉をひそめた。

「では、なぜ原作者を後方席へ案内したんだ?」

紗都は舞台へ上がる前に、芙実の横で足を止めた。

「物語しか友達がいないって、昔言われたよね」

「子どもの冗談よ」

「その友達が、八百万人に増えただけ」

スタッフが最前列中央の〈原作者席〉を引き、監督が彼女を迎える。

紗都が原作者席へ腰を下ろす。芙実が決めた座席表は、映画のエンドロールより早く価値を失った。