受付印が世界を承認した
仙石環は、冒険者登録票の職業欄へ「会社員」と書いた。
異世界に会社はないらしい。受付嬢は首を傾げ、試験官は鼻で笑った。鑑定用の羽根ペンを環の指へ当てても、紙には《魔力0》《技能未検出》としか浮かばない。
「能力なし。存在しない職業を名乗る前に、文字の練習から始めるんだな」
登録票は机の端へ投げられた。
環には、紙の余白へ薄い文字が見えていた。
《絶対承認》
申請書一枚に書かれた内容を、世界の規則へ一度だけ受理させる。
何でも通せるなら、金持ちや王族と書くこともできる。けれど承認された文言は、願いではなく規則になる。環は前の世界で申請書を扱っていた。曖昧な願いほど、あとで自分を縛ることを知っている。
彼女は投げ返された紙を拾い、受付に置かれた規約集を最後まで読んだ。曖昧な表現を一つずつ消しながら、空欄を埋める。
希望等級――既存等級に該当せず。
活動範囲――到達可能なすべて。
依頼受諾条件――本人の同意。
ギルド命令への服従――しない。
緊急時権限――人命を優先し、あらゆる階級を越える。
試験官が腹を抱えた。
「落書きは終わったか?」
環は最後の署名欄へ名前を書き、《絶対承認》を使った。
受付印がひとりでに跳ね上がり、紙へ落ちる。
どん、と街全体が揺れた。
壁に並ぶFからSまでの階級札が一斉に裏返る。その上に、今まで存在しなかった透明な札が現れた。文字はただ一つ、《環》。遠隔通信用の水晶には、各国のギルド本部が次々映る。砂漠支部、海上支部、竜峰支部。すべての登録台帳が勝手に開き、最上段へ同じ申請内容を書き加えていく。
「世界規約が……個人名を階級として採用した?」
奥から現れた本部長が呟いた。彼の持つ最高権限印さえ、環の紙へ向かって深く傾いている。
試験官は慌てて不受理印を押そうとした。だが印面には《権限不足》と浮かび、砕けた。
環は受理済みの登録票を受け取る。
本部長が椅子から立ち、両手で冒険者証を差し出した。先ほどまで落書きと笑っていた受付では、誰一人として座ったままの者はいなかった。