古い鍵のログ
久慈川朔は、社内で「古い鍵」と呼ばれていた。
十年前のサーバー構成を覚えていて、便利だが、新しい仕事は任せられない。駒形システム部長はそう説明した。
朔が旧式VPNの例外設定を閉じるよう申請しても、駒形は却下した。
「今どき手動でログを読む人間の勘なんか、AI監視より当てにならない」
その三日後、全社の画面が黒くなった。
顧客データが暗号化され、復旧と引き換えに金銭を要求する文が表示された。
駒形は対策会議で叫んだ。
「侵入口を探せ。久慈川、余計なことをせず端末交換だけやれ」
朔は端末を配りながら、机の下の小型機を起動した。
ネットワークから切り離した記録装置だ。旧式VPNが廃止されるまでの暫定措置として、自費でなく正式申請のうえ設置していた。装置は記録するだけで社内へ信号を返さないため、攻撃側から書き換えることもできない。
そこには侵入前後の通信が丸ごと残っていた。
外部の鑑識責任者・御厨が到着し、記録を読み込む。
侵入口は、朔が閉鎖を求めた例外設定だった。しかも申請却下の翌日、接続可能な時間帯が深夜まで延長されている。
「保守会社のために必要だった」
駒形は言った。
御厨が首を振る。
「保守会社の証明書は使われていません。使われたのは部長権限で発行された臨時鍵です」
会議室の空気が止まった。
駒形は朔をにらむ。
「お前が勝手に記録していたせいで情報管理違反だ」
朔は設置申請書を画面に出した。
承認欄には駒形の電子署名がある。内容を読まず、予算ゼロの申請として通していたのだ。
御厨は復旧計画を開いた。
「暗号化前の差分も、この装置から戻せます。顧客情報の持ち出しも、最初の送信が始まる前に自動遮断されています。身代金は不要です」
社長が初めて口を開く。
「指揮は駒形君が」
「できません」
御厨が遮り、保険会社から届いた権限移譲書を机へ置いた。
「本件の事故指揮官は久慈川朔。全システム部員は、ただちに彼女の指示下へ入ってください」