合鍵は冷たい
午前零時十分。早瀬惟成は、何もなくなった部屋で熊代真昼を待っていた。
明朝、管理会社へ引き渡す。床にはカーテンの跡と、冷蔵庫の脚が残した四角いへこみだけがある。
〈合鍵、郵便受けじゃなくて手渡しで返してほしい。最後に話したい〉
送って五分。既読はつかない。
惟成は窓辺に座り、二人で塗った合鍵の頭を思い出す。自分は青、真昼は黄色。どちらの色も半年で剥げ、最後は同じ銀色になった。見分けがつかないから、帰宅した音だけで相手を当てるのが、二人の小さな遊びだった。
零時十六分、郵便受けが鳴った。
駆け寄ると、薄い封筒が落ちていた。中には黄色の塗料が少し残った鍵と、何も書かれていない便箋。真昼は顔を見せずに帰ったらしい。
惟成はすぐ電話をかけた。呼び出し音は鳴るが、室内のどこかからも同じ振動音がした。
押し入れを開ける。奥に、真昼の古い携帯が置き忘れられていた。画面には惟成からのメッセージが並んでいる。どれも未読のままだ。
零時十八分、玄関の向こうでエレベーターが動く音がした。追えば間に合う。
その前に、置き忘れた携帯がWi-Fiにつながり、真昼の新しい端末から同期されたメモが表示された。
〈零時十二分。階段にいる。泣いた顔を見られたくないから、三分だけ待って。鍵を返して、それでも引き止めてくれたら戻る〉
惟成は時計を見た。零時十九分。真昼が決めた三分は、もう過ぎている。
走って階段を下りた。二階、三階。建物の外へ出ると、タクシーの赤い尾灯が角を曲がるところだった。
携帯が震えた。
〈鍵、届いた?〉
今度は新しい端末からだった。惟成が最初に送った言葉には、ようやく既読がついた。
管理会社の夜間返却ボックスは、玄関脇にある。明日の朝までなら、解約を取り消せるかもしれない。真昼に電話をかけ直すこともできる。
惟成は二本の合鍵を掌に並べた。青も黄色もほとんど剥げ、冷たさまで同じだった。
零時二十分。彼は二本とも、返却ボックスへ落とした。