同じほつれの写真
アパレル会社の返品査定会議で、波佐間絢は縫製工場の品質担当として、三百着のコートを無償で作り直すよう求められていた。元請けの室伏部長は、袖口のほつれが全体の十二パーセントに見つかったと説明した。
十二パーセントなら三十六着。加工賃と往復送料で工場の月利益が消える。
証拠写真は三十六枚あった。商品番号も撮影日時も違う。絢は一枚ずつ拡大し、糸の曲がり方を見比べた。すべて、赤い糸が左へ三ミリ跳ね、下に白い毛羽が一本ある。
「同じ一着を撮っています」
室伏は、量産品だから同じ位置に同じ不良が出ると反論した。
絢は画像の撮影情報を一覧にした。三十六枚の原画像番号はすべてIMG_7042。複製後にファイル名と時刻だけ書き換えられている。背景の段ボールにある小さな油染みも完全に一致した。
さらに返品対象の現物は一着しか保管されていなかった。残り三十五着は「廃棄済み」とされ、廃棄伝票には室伏の確認印がある。ところが伝票番号は翌月の番号帯で、査定会議の日にはまだ発行されていない番号だった。
室伏は、写真が一着でも不良の事実は変わらないと言った。
「今後も発注が欲しければ、三百着を直すべきだ」
絢は縫製仕様書を開いた。問題の赤い飾り糸は、量産前日の午後九時に元請けが追加したデザイン変更だった。作業時間を増やしても加工賃は据え置き。しかも試作品を承認した署名は室伏本人である。
工場長は、注文を失うくらいなら直そうと呟いた。絢は一着のコートを机へ置いた。
「一着は直します。三十五着の写真は、まず元に戻してください」
絢は元請け倉庫の入出庫履歴も確認した。残り二百九十九着はすでに全量が店舗へ発送され、返品登録は一件もない。無償で作り直させた三百着を次の販促へ回す計画が、社内指示書に「再納品分は予備在庫」と記されていた。
役員が無償再加工の決裁書を閉じた。同じほつれを三十六回数えた数字が、三百着の針を止めた。