名前を渡した朝の手紙

灯守の国では、手紙鳥は人の顔ではなく、公に登録された名へ飛ぶ。

ナヴィラの恋人オルデンは、北岬の灯守に選ばれた。

灯守は就任の朝、家族から授かった名を国へ返し、以後は〈第七灯〉とだけ呼ばれる。

海を照らす代わりに、生涯岬を離れられない。

二人は、就任式の前に逃げる約束をした。

オルデンは夜明け前、手紙鳥を放った。

〈東門で待つ。返事が来たら、灯守にはならない〉

ナヴィラが受け取ったのは、式の鐘が鳴る直前だった。

彼女はすぐ返事を書いた。

〈行きます。あなたと暮らしたい〉

だが嵐のため、就任式は予定より一刻早められていた。

ナヴィラが鳥を放った瞬間、オルデンの名はすでに返還され、別の町で生まれた男児へ与えられていた。

手紙鳥は、赤子オルデンの揺籠へ飛んだ。

岬の東門で、彼は返事を待った。

鐘が七度鳴るまで、ナヴィラは来ない。

彼女の手紙も来ない。

「選ばれなかったのだ」

そう思い、第七灯として塔へ入った。

ナヴィラが東門へ着いたとき、門は閉じていた。

塔の上に立つ彼を見て、自分の返事を読んだうえで役目を選んだのだと思った。

二人はそれきり会わなかった。

十五年後、青年となったもう一人のオルデンが、家の古い揺籠から束ねられた手紙を見つけた。

宛名は自分だが、内容は知らない灯守へ向けられている。

彼は手紙をナヴィラへ返した。

ナヴィラは北岬へ向かった。

第七灯は白髪が増えていたが、振り返る癖は昔のままだった。

「届いていなかったの」

彼女が手紙を差し出す。

オルデン――今は名を持たない灯守は、何度も読み返した。

「私は、来ないのだと思った」

「私は、読んで残ったのだと思った」

二人は塔の下で笑い、そのあと長く泣いた。

いまならナヴィラは岬へ住むことができる。

だが彼女には薬草店と弟子たちがいる。

灯守が役目を捨てれば、冬の海を渡る船が灯を失う。

十五年の人生は、一通の手紙より重かった。

「もし届いていたら」

ナヴィラが言う。

「逃げていた」

「幸せだった?」

「分からない。でも、君と後悔した」

夕暮れ、塔の灯がともった。

ナヴィラは帰りの馬車へ乗る。

「さようなら、オルデン」

彼女は、国に存在しない名を呼んだ。

第七灯は答えた。

「さようなら、ナヴィラ」

手紙鳥は二人の上を一周したが、もう運ぶ言葉はなかった。

十五年前、返事は正しい宛名へ届いた。

ただその名を持つ人が、ほんの一刻早く別人になっていただけだった。