命令の届かない証言台

王都の査問官セシリアへ、侯爵バルジオから祝いの箱が届いた。

中に入っていたのは宝石ではなく、影魔族の暗殺者オルフェドだった。両手を縛られ、舌の裏には命令呪印。箱の蓋には所有証書が貼られている。呪印は秘密を話そうとするだけで声を刃へ変え、本人の喉を切る。侯爵がこれまで何人消したか、知っていても証言できない仕組みだった。

『贈答品につき、受領印を押した時点で所有権が移転する』

部下は青ざめた。

「受け取らなければ、侯爵の命令で自害させられます」

「受け取れば、今度は私の奴隷になる」

セシリアは箱を法廷へ運ばせた。傍聴席には侯爵の代理人もいる。

「査問官殿。所有者欄へ署名を」

「証書は証拠品として受理する。ただし人間も魔族も、証拠品にはならない」

彼女は裁判台の下から、偽造文書を裁断する断章刀を取り出した。

代理人が叫ぶ。

「切れば呪印が舌を焼く!」

セシリアは証書の文字を切らなかった。羊皮紙の中央にある、命令と対象を結ぶ一本の銀糸だけを断った。

ぱちん、と乾いた音が法廷に響く。

オルフェドの口から黒い煙が漏れ、舌の呪印が消えた。縄もひとりでにほどける。オルフェドは声が出るか確かめるように息を吸い、『痛い』と一言だけ呟いた。法廷が静まり返る。それは彼が初めて許された、自分についての証言だった。

直後、代理人は隠し札を掲げた。

「最後の命令だ。査問官を殺せ!」

オルフェドはセシリアの喉元へ飛んだ。

傍聴人が悲鳴を上げる。

だが彼の針が刺したのは、彼女の背後に潜んでいた毒蛇だった。侯爵の代理人が放った口封じである。

「命令に従ったのか」とセシリアが問う。

「いや。今のは、俺が嫌だったからだ」

オルフェドは開いた窓から夜へ消えた。誰も追えなかった。

翌朝、侯爵を裁く査問が始まる。決定的な証人は逃げた、と廷吏たちは落胆していた。

扉が開き、オルフェドが自分の足で証言台へ進む。

彼は七本の毒針を布の上に並べ、最後の一本だけをセシリアへ柄から差し出した。

「これは忠誠の証か」

「違う。証拠だ。主従なら命じられる。俺は、選んで話しに来た」

切断された銀糸が、証言台の端から静かに床へ落ちた。