嘘の見えない目
蟇目眞帆の両眼は、取調室で撃たれた日に失われた。代わりに入った捜査眼は、瞳孔、発汗、声の揺れを読み、相手の言葉へ信頼度を表示した。
嘘は赤、迷いは黄、事実は青。
眞帆の検挙率は上がった。容疑者の言い逃れも、証人の記憶違いも見逃さなかった。だが家へ帰っても、色は消えなかった。
夫が「夕飯、すごくおいしい」と言えば黄。
「仕事は平気だよ」と言えば赤。
「先に寝てて」と笑う声も赤だった。
眞帆は一つずつ問い詰めた。塩が強かったのか。何を悩んでいるのか。なぜ本当のことを言わないのか。隠していた誕生日の贈り物まで暴き、友人から聞いた相談も吐かせた。夫は最初こそ説明したが、やがて、何も言わないことだけが唯一の防御になった。
「君と話すと、供述調書を取られているみたいだ」
離婚届を置いた夜、夫は「もう愛していない」と言った。表示は黄だった。眞帆は黄の理由を追及しかけ、初めて目を閉じた。
暗闇では、声しか聞こえなかった。夫は長く息を吐いた。
「愛してるかどうかまで、機械に決められたくないんだ」
翌日、眞帆は捜査眼の私用解析を停止してほしいと申請した。警察AIは、危険予測精度が低下すると警告した。
「家では危険を避けたくない。間違って信じる権利がほしい」
完全停止は認められず、彼女は毎晩二時間だけ、解析のない視界を得た。世界は急に曖昧になった。夫の表情を読み損ね、冗談を本気にし、何度も喧嘩した。
離婚届はすぐには破られなかった。それでも二人は、解析停止の時間だけ同じテーブルに座った。眞帆は夫の沈黙を「隠し事」と呼ばずに待ち、夫も、答えたくないときは嘘の代わりにそう言う練習をした。関係は元どおりではなく、前より不便になった。
ある晩、夫が焦げた魚を出し、「今日はうまく焼けた」と言った。眞帆は笑った。
「本当?」
「さあね」
色のない嘘は、眞帆には不思議に温かかった。信じるとは真実を見抜くことではなく、見抜けない相手のそばに残る選択なのだと、ようやく分かった。