四コマ目の進路
伊勢谷燈はファミリーレストランの紙ナプキンに四つの枠を描いた。
一コマ目で、就職に悩む学生が机に突っ伏す。二コマ目で天使と悪魔が現れる。三コマ目で二人とも求人票を差し出す。四コマ目は白い。
「落ちは?」と羽鳥直生。
「ない。人生だから」
「逃げたな」と柴崎一葉がポテトをつまむ。
三人は漫画研究会で、卒業後も持ち込みを続ける約束をしていた。だが燈は、乾杯より先に看護学校の合格通知を机へ置いた。
「四月から入り直す。漫画はやめる」
「実習しながら描けばいいじゃん」と一葉。
「睡眠を背景トーンにして?」
「燈なら描くと思ってた」
「そう思われるのが、もう重い」
燈は持ち込み票を三枚取り出した。どれにも編集者の字で〈絵は魅力的、物語に決着を〉とある。一葉が四枚目を作るふりをして、〈人生は魅力的、進路に決着を〉と書いた。直生が吹き出し、燈も笑ったあと、その紙だけは鞄へしまった。
直生は人気作家のアシスタントになる。「俺は他人の漫画を完成させる」
一葉は会社員をしながらウェブ漫画を続ける。「私は読者が三人でも毎週出す」
二人の宣言を聞き、燈は薄いコーヒーを飲んだ。
「私は、誰かが痛いって言ったとき、締切より先にそっちを見る人になる」
「漫画を描いてたから選べたんじゃない?」
「かもね。でも、選び直したの」
一葉が白い四コマ目へペンを伸ばすと、燈が手首を押さえた。
「そこは描かないで」
「未完のまま?」
「未完じゃなくて、空欄」
会計後、三人は駅前で別れた。直生は東口、一葉は地下鉄、燈は夜行バス乗り場へ向かう。
店員が空の皿を下げながら、ナプキンも捨てますかと訊いた。燈は一度うなずきかけ、『それだけ置いてください』と言い直す。一葉はその小さな撤回を見たが、漫画へ戻る兆しだとは言わなかった。残すことと続けることは、別の選択だった。
テーブルには四コマのナプキンと一本のシャープペンが残った。最後の枠だけが白く、その白さは消し忘れではなく、燈が自分で選んだ進路に見えた。