四十一杯目の鐘

収穫祭の広場で、蜂蜜酒の屋台が一つだけ空いていた。

場所代は銀貨百二十枚。佳弥が勤める酒場の主人は、そんな大金を払えば店ごと潰れると首を振った。隣では大商会が、祭りの一等地を笑いながら押さえている。

「売上ではなく、一杯残る額を見ます」

酒場は春から客が減り、主人は娘の嫁入り資金まで薪代へ回していた。祭りの場所代を失えば本当に終わる。だから主人が恐れているのは百二十枚そのものではなく、何杯売れば取り戻せるか分からない暗闇だった。

佳弥は屋台の柱へ四十本の短い線を引き、売れるたび一本ずつ消した。客たちは遊びだと思い、「あと何杯だ」と声を掛ける。三十杯を越えるころには、列の農夫まで仲間を呼び始めた。大商会は香料を増やし値引きを叫んだが、こちらでは一本消えるたび主人の顔から不安が消えていく。数字が客を集めたのではない。終点が見えたことで、主人も給仕も迷わず杯を出せるようになったのだ。

佳弥は木札を三枚置いた。

一杯の値段は銀貨五枚。酒と蜂蜜と杯洗いに二枚。売るたび三枚残る。場所代百二十枚を三で割ると、必要なのは四十杯。

主人は、たった四十杯かと目を瞬いた。普段の夕方だけでも六十杯は出る。しかし大商会の番頭は鼻で笑った。

「机上の算術だ。祭りは雨になる」

祭り当日、本当に小雨が降った。大商会は豪華な天幕代を上乗せし、一杯八枚にした。佳弥たちは古い軒下で五枚のまま売った。

一時間で二十杯。二時間で三十七杯。

主人の手が震え始めたころ、濡れた農夫が仲間四人を連れてきた。

佳弥は一杯ずつ渡し、売上札を裏返す。

三十八、三十九、四十。

場所代と材料代をすべて回収した。

最後の農夫が杯を掲げる。

「もう一杯」

四十一杯目の硬貨が箱へ落ちた瞬間、それは丸ごと利益だった。広場の鐘が鳴り、大商会の番頭がこちらの列を睨む。

祭り役人は四十の札と、まだ伸びる客列を見比べた。

「来年の中央区画を押さえる者を探していた」

主人ではなく佳弥へ、年間出店契約書を差し出す。

「計算のできる店に任せたい。署名を」