四十六里を二十九里に
王国飛脚院の採用試験は、湖を囲む八つの監視塔から印を集める競走だった。
古参飛脚は、役所の名簿順に塔を回る。北、南東、西、北東――書類に並んだ順番のまま街道を横切るため、総距離は四十六里。それでも院長は「代々この順だ」と変えなかった。
地図係を志望した釜瀬央路には、脚が遅いという理由で最も年老いた馬が与えられた。
出発前、央路は地図へ八本の針を刺し、細い糸を渡した。名簿ではなく、隣り合う塔を一周するようにつなぐ。糸の長さを物差しへ移すと、二十九里だった。
「塔の順番を勝手に変えるな」
試験官の怒声を背に、央路は西門へ走った。
最初の三塔は同じ湖岸に並んでいた。印を受け、次の塔へそのまま進む。湖を横切る戻り道は一度もない。老馬は汗をかいたが、全力で走らせる区間もなかった。
正午、古参飛脚たちは湖の南で互いにすれ違い、「なぜそこにいる」と怒鳴り合った。
央路が飛脚院へ戻ったのは、夕刻の鐘より一刻前だった。革筒を開く。八色の印が順に並ぶ。馬の呼吸も乱れていない。
二番手が帰ったのは日没後。馬を途中で一頭替えたうえ、走行は四十六里。央路は一頭で二十九里、所要時間を三刻縮めていた。
試験官は老馬の蹄を調べ、抜け道や魔法を疑った。だが蹄鉄の摩耗は二十九里分しかなく、八塔の番兵も全員、央路が正門から来たと証言した。央路は一つの塔も飛ばさず、同じ湖岸を二度走らなかっただけだった。
古参飛脚の馬は口から泡を吹き、途中交換の費用まで銀貨十二枚。央路の老馬は水を一桶飲むと草を食べ始めた。距離が十七里短いぶん、馬を潰さず翌日も使える。八塔の定期巡回を月三十回行えば、五百十里と馬二十頭分が消える計算になった。
塔長たちは自分の担当区間を地図上でずらし、央路の輪へ合わせ始めた。速さを競う試験が、王国全体の巡回費を削る実演へ変わっていた。
院長は古い巡回表と、央路の糸で結ばれた地図を見比べた。観衆の前で笑っていた試験官は、まだ一つも反論を見つけられない。
院長が八塔分の印を採用証書へ押した。
「速い脚ではなく、短い道を買おう。全巡回路の組み直しを、今日からお前に任せる」