図書塔の戦術値
エニス・ロウは、実戦演習へ出るたび本を抱えていた。
能力測定で示されたのは【戦闘評価:2】。剣も振れず、火花ほどの魔術しか使えない。戦術科のヴァルド・ネイスは、その表示を皆に見えるよう指で囲んだ。
「図書塔へ帰れ。戦場で栞は盾にならない」
エニスは素直に観覧席へ座った。膝の上には、迷宮魔獣の記録帳がある。
演習が始まると、ヴァルドは中央の大路を選んだ。派手で、見通しがよく、首席らしい道だった。エニスは記録帳の端へ短い文を書き、伝令鳥にくわえさせる。
――右壁の苔は眠り粉を吐く。風上へ。
班は方向を変え、難を逃れた。
――角の像は目ではなく影を追う。灯りを消せ。
また危機が消えた。
ヴァルドは勝利するたび胸を張り、届いた紙片を靴で踏んだ。最後の門の前で、彼は伝令鳥を追い払った。
「もう助言はいらん。俺の判断だけで終わらせる」
門が開き、鏡甲虫の群れが現れた。剣も炎も反射され、班は自分たちの攻撃に追われる。ヴァルドは命令を重ねたが、どれも裏目に出た。
観覧席のエニスは、記録帳を閉じた。測定官が許可を出すと、彼女は拡声石へ告げた。
「武器を置いて、床の文字を踏んで。あれは群れではなく、門の影です」
班員が従う。甲虫は輪郭を失い、門だけが崩れた。
演習記録には、さらに気まずい事実が残っていた。ヴァルドが名判断として語ってきた言葉の多くは、数呼吸前に届いたエニスの紙片を言い換えただけだった。彼が地図へ引いた自慢の退路も、図書塔で彼女が作った索引を写したものだった。
班員のひとりが、靴の下から紙片を拾い上げる。端には泥がつき、中央には急いで書かれた小さな文字があった。
――全員で帰る道を選ぶこと。
エニスは勝つためだけでなく、最後尾の負傷者まで戻れる道を選び続けていた。ヴァルドの命令は先頭しか見ていなかった。
「本を読んだだけだろう」
追い詰められたヴァルドが吐き捨てる。
「読んで、覚えて、今いる人に合わせて使いました」
エニスは静かに答えた。
「それを戦術と呼ばないなら、あなたが呼んでいたものは何ですか」
誰も笑わなかった。
新式の測定板は、勝利の直前だけでなく、そこへ至る判断の出所をたどった。踏み捨てられた紙片が光り、すべてエニスの記録帳へ線を結ぶ。
【作戦寄与度:97%】
ヴァルドの名札から首席章が消えた。
【戦術科・席次改定】
首席:エニス・ロウ
指示追随生:ヴァルド・ネイス