地図にない「ただいま」

私は二十年ぶりに日本へ来た。

学生のころ、一年間だけ暮らした町で、ホストマザーの家を探した。名前は澄枝さん。朝は味噌汁を焦がし、夜は私の下手な日本語を笑わずに聞いてくれた人だ。

住所を書いた紙はあった。けれど駅前は大きく変わり、昔の商店街は駐車場になっていた。地図アプリは、住宅番号の途中で私を川沿いの工事現場へ連れていった。

私は小さな和菓子店へ入り、紙を見せた。

店番の女性は英語を話せなかった。私は「この家、行きたい」と言った。

女性は住所を見て、奥から古い電話帳と町内地図を持ってきた。店へ来た客にも尋ね、三人で紙をのぞき込んだ。昔の町名が統合され、番地も変わっていることが分かった。

「歩くと遠い」

女性はそう言い、自転車の荷台へ私の旅行鞄を載せた。自分は押して歩き、私は隣をついていった。

途中で雨が降った。女性は店の傘を私へ渡し、自分は濡れた。私は「大丈夫」と言ったが、彼女は「お客さん」と笑った。

道の途中、彼女は閉じた銭湯や、昔の小学校の門を指した。私はそのたび、澄枝さんに手を引かれて歩いた景色を少しずつ思い出した。町は変わっていたのではなく、古い町の上へ新しい時間が重なっていた。

着いた場所は家ではなく、高齢者施設だった。

澄枝さんは二年前からそこにいるという。私は急に怖くなった。二十年も手紙を書かなかった。覚えていないかもしれない。

女性は玄関前で帰ろうとした。私は思わず尋ねた。

「もし、忘れていたら?」

彼女は意味を考え、ゆっくり答えた。

「あなたが覚えている。それで半分。会えば、もう半分」

澄枝さんは私の名前をすぐには言えなかった。

私は昔教わったとおり、玄関で靴をそろえ、「ただいま」と言った。

すると彼女は目を見開き、私の頬へ手を当てた。

「おかえり。背が伸びたねえ」

私は五十歳になっていた。それでも、学生だった私へ言うように笑った。

帰国の日、和菓子店へ礼を言いに行った。女性は道案内をしただけだと言った。

けれど彼女が教えた道は、地図に載っていなかった。

駅から施設までではない。

二十年言えなかった「ただいま」までの道だった。