坂道の後ろ座席
小宮山楓莉が足首をひねったのは、体育の授業でも部活でもなく、昇降口の一段目だった。
「情けない」
保健室で湿布を貼られた本人が一番そう思っていた。帰りのバスは行ったばかり。駅までは長い下り坂が続く。
「乗れば」
自転車を押して待っていた滝沢央雅が、荷台を叩いた。
「絶対いや」
「歩けないだろ」
「歩ける」
三歩で顔をしかめた楓莉を見て、央雅は何も言わず自転車を横につけた。
楓莉は観念して荷台に座った。幼なじみなのに、背中へ手を回すのは妙にためらわれたので、最初はサドルの下をつかんだ。
「そこ、危ない」
「じゃあ遅く走って」
「下り坂に言って」
自転車が動き出す。校門を抜け、桜並木を下る。夕方の風が頬を冷やし、いつもの通学路が映画の早送りみたいに流れていく。
最初の曲がり角で、楓莉は央雅の制服をつかんだ。二つ目では肩に手を置いた。三つ目の急なカーブで、とうとう背中へ両腕を回した。
「怖い?」
「違う。足が痛いだけ」
「足首と腕、つながってたっけ」
返事の代わりに背中をつねる。央雅が笑い、自転車が少し揺れた。
途中、同じクラスのバスが追い越していった。窓際の友人たちがこちらを見つけ、口を開けて手を振る。明日には噂になるだろう。楓莉は顔を隠したかったが、両手を離す方が怖かった。央雅の背中に額をつけると、笑いをこらえている振動が伝わった。『今笑ったら降りる』と言うと、『歩けないくせに』と即答された。
駅前の信号で止まると、並んだ車の窓に二人の姿が映った。楓莉は慌てて腕をほどこうとしたが、青信号になって央雅が踏み込んだため、また抱きつく形になった。
「明日も迎えに行く」
「湿布、明日には効くよ」
「じゃあ治るまでじゃなくて、卒業まで」
風の音に紛れそうな声だった。
「それ、告白?」
楓莉が聞くと、央雅は前を向いたまま答えた。
「坂道に聞いて」
駅に着いても、楓莉はすぐには荷台から降りなかった。
足首はまだ痛かった。けれど、明日の朝までに治らないでほしい場所が、ひとつ増えていた。