塩を売らない塩商人
「容器から水を消すだけ? 無能な洗濯屋だな」
港町の商人試験で、シェリムは塩商会から追い払われた。
【固有技能:《脱水》――開いた容器一つに含まれる水分を、一度だけ取り除く】
器が大きくても小さくても一つは一つ。ただし水以外は残る。海運王バルザクは「桶一杯の海水から塩を取っても、薪代にもならぬ」と笑った。
その年、沿岸では魚が豊漁だった。ところが内陸への道は暑く、朝獲れの魚も翌日には腐る。漁師は値崩れで網を捨て、山側の町では肉不足で飢えが始まっていた。港では魚一尾が銅貨一枚、三日離れた山町では干魚一枚が銀貨になる。それでも途中で腐るため、誰も価格差を埋められない。塩を一袋売るだけなら一度の利益だが、保存できる魚に変えれば、港と山の二つの不足を同時に埋められる。
シェリムは古い帆布を縫い合わせ、港の空き地いっぱいに浅い袋を作った。周囲を木枠で立て、海水を流し込む。
「これは桶ではない」
塩商人が抗議した。
「水を受けて、外へ漏らさない。なら容器です」
《脱水》を使うと、広場を覆っていた海水が一瞬で消え、帆布の底に白い塩が山となった。
だがシェリムは塩を市場へ出さなかった。塩を安売りすれば、既存商会との値下げ競争になる。彼女は魚を開き、塩を振り、風通しのよい棚で干した。大きさごとに重さをそろえ、十枚一箱で封をする。さらに山の穀物商と契約し、空荷で港へ戻る荷車に干魚を積ませた。運賃は往復分ではなく、帰路の空きを買うだけでよい。
一月後、山町には安い保存魚が並び、港には小麦と豆が届いた。漁師は魚を捨てずに済み、塩商会より高い利益が残る。
バルザクは倉庫に積まれた箱を見て問うた。
「なぜ塩そのものを売らぬ」
「塩一袋より、腐らない食事十日分のほうが高く売れます」
海運王は笑わず、塩商会の独占札を外した。
「水を消すだけの女だと思った」
彼は港の交易旗をシェリムへ渡す。
「おまえは魚から腐敗を、荷車から空白を、商売から無駄を消した」