声を貝殻に預けて
陸の者が海の民と結婚すると、婚礼の日から水の中で息ができる。
代わりに、声を一生、貝殻へ預ける。
カミュラは海辺の祭壇で、その白い貝を両手に包んだ。隣には契約相手のオーラムが立っている。青い髪の海人で、三日前に漁網へ絡まっていたところを彼女が助けた。
恋ではない。花嫁になれば海底牢へ入れる。それだけの契約だった。
牢には妹がいる。
嵐の夜、崖から落ちた妹を海人たちは救ったが、陸の灯台を壊した疑いで返さなかった。カミュラは港の役人へ訴え、船乗りへ頭を下げ、最後には自分で潜ろうとして溺れた。そこでオーラムが条件を出した。
「私の妻なら、海底の裁きに立ち会える。証拠も見られる」
「離縁したら声は戻る?」
「戻らない。息も失う」
婚姻が終われば、陸にも海にも半分しか属せない。魚市場では値段を呼べず、酒場では注文さえ紙に書く。妹が悪い夢を見ても、暗闇から名を呼んでやれない。カミュラは歌い手だった。夜ごと酒場で歌い、その稼ぎで妹と暮らしてきた。母から教わった舟歌は、網を引く合図にも、葬送にも使われる。港の誰かが死ぬたび、カミュラの声が沖まで魂を送った。妹は眠れない夜、その歌をせがんだ。
祭壇の外で、漁師仲間が最後の歌を待っていた。
カミュラは口を開いたが、歌わなかった。歌えば決心がほどける気がした。代わりに妹の名を一度だけ呼ぶ。波が返事のように砕けた。
オーラムは貝殻を差し出したまま言った。
「私が牢を破る方法もある。君は何も失わない」
「あなたが罪人になる」
「三日前に会ったばかりだ」
「だから、三日前に会った人へ一生を借りたくない」
彼は困ったように目を伏せた。契約書には、救出後すぐ離縁してよいと書かれている。彼が得るものは何もない。
カミュラは貝殻へ唇を寄せた。
母の舟歌、妹を叱った声、酒場で笑った夜。すべてが白い螺旋へ吸い込まれていく。
婚礼の鐘が鳴った。
オーラムが「行こう」と海へ手を差し伸べる。
カミュラは答えようとした。
喉から出たのは、波よりも静かな息だけだった。