夕飯の写真を送らない
茉白の夕飯は、値引きされたコロッケと千切りキャベツだった。湯気のない皿をテーブルに置くと、家族グループから通知が来る。
母 今日のごはんは?
母 写真まだ?
二年前、一人暮らしを始めた日に「ちゃんと食べている証拠を毎晩送って」と言われた。それ以来、茉白は帰宅が遅くても皿を整え、調味料の袋を隠し、真上から写真を撮った。母は「野菜が少ない」「炭水化物ばかり」と赤字のようなコメントを返した。父は健康第一のスタンプ、弟は既読だけを残した。
今夜もカメラを起動したが、画面の中のコロッケはひどく寂しく見えた。実際に寂しいのではない。寂しく見えないよう撮らなければならないことが、茉白を疲れさせていた。
電話が鳴った。
「どうしたの。具合悪い?」
「元気だよ」
「じゃあ写真くらい送れるでしょう」
「今日から送らない」
母はしばらく黙ったあと、「心配してるだけ」と言った。
「心配されないように食べるの、苦しいの」
「そんな言い方しなくても」
「食べたか聞くのはいい。でも写真で採点しないで」
電話の向こうで食器が重なる音がした。実家では、茉白の席に今も同じ花柄の小皿が置かれる。残すと怒られ、食べきると「太るよ」と言われた皿だ。
茉白は家族グループを開き、撮りかけの画像を削除した。
茉白 夕食の写真は今日で終わりにします
茉白 体調が悪いときは自分から連絡します
母から長い入力中の表示が出た。消えて、また出た。やがて届いたのは「わかりました」ではなく、湯気の立つ味噌汁の写真だった。説明はない。
茉白は返信しなかった。母の夕飯を褒める義務も、そこにはないと思った。キャベツを箸でほぐすと、切り口が少し乾いている。いつもなら写真の端から外すところを、今夜はそのまま皿の中央へ寄せた。誰にも見せない食事には、失敗した盛りつけも、足りない色も存在しなかった。
コロッケにソースをかける。衣は少し湿っていたが、写真にすれば隠したくなるその柔らかさが、今夜は自分の口にちょうどよかった。