夜勤窓のミルクの灯り
病院の中庭では、午前二時に小さな会議が始まる。
紫陽花の根元に蛙の雨粒、石垣に蜥蜴の縞石、植え込みには白い野良猫の包帯。夜勤明けの清掃員が置き忘れた紙コップへ露を集め、月桂樹の葉を浮かべる。それが彼らの夜のお茶だった。
「四階の窓が、今夜も消えない」
縞石が言った。
四階は看護師の休憩室である。若い看護師が一人、勤務の合間にも記録を書き、呼び出しがなくても立ったまま外を見ていた。
「昨日はパンを半分残した」
包帯は昼間、窓の下で見ていた。
「人間は食べ物を残すとき、腹ではなく時間が足りないことがある」
雨粒が頷いた。
動物たちは看護師に世話をされたことがあった。雨粒は排水溝から助け上げられ、縞石は窓へ迷い込んだとき外へ逃がしてもらった。包帯は寒い朝、病院の裏口に古いタオルを敷いてもらった。
恩返しというほど大げさなことはできない。ただ、少し座らせたかった。
翌晩、雨粒が休憩室の窓の下で鳴いた。
一匹では弱い。中庭中の蛙が順番に声を重ねる。縞石は窓硝子へ上り、包帯は花壇の縁へ座った。
看護師が気づいて窓を開ける。
「どうしたの、みんな」
冷たい夜気と、濡れた土の匂いが部屋へ入った。
包帯がゆっくり欠伸をし、花壇へ伏せる。雨粒たちも一斉に黙る。
「休めってこと?」
看護師は苦笑した。
彼女は自動販売機で温かいミルクを買い、窓辺の椅子へ座った。紙コップを両手で包み、まず一口、次に残していたパンを食べる。
動物たちは何もしない。窓の下で、それぞれの呼吸をしているだけだった。
五分後、呼び出しの灯りが点いた。看護師は立ち上がったが、今度は空の紙コップを捨て、肩を一度回してから廊下へ戻った。
午前二時半、中庭の会議が再開された。
「休憩、七分」
縞石が報告する。
「短い」
雨粒が言う。
「昨日はゼロだった」
包帯は前足を舐めた。
紙コップからは、甘いミルクの残り香が漂ってくる。
夜明け前、看護師がもう一度窓辺へ来た。今度は椅子へ深く座り、中庭を見ながら白湯を飲んだ。
包帯が尾を一度振る。
大きなことは変わらない。病院の夜は忙しく、呼び出しは続く。それでも紫陽花の下には、誰かが座る七分を守る会議がある。
朝露に月桂樹の青い香りが移り、白い窓の灯りは、夜より少し柔らかくなっていた。