夜勤表の消せない署名

治癒院の詰所で、主任の鬼塚は、春日井千紘の名札を夜勤表へ十四回続けて差し込んだ。

「今夜も残れ。若いんだから眠らなくても平気だろ」

「規定では連続三回までです」

「規定が患者を治すのか?」

鬼塚は笑い、千紘の休憩札を裏返して〈取得済み〉にした。ほかの治癒師には昼勤と休日を配り、千紘にだけ薬棚の補充、寝台の洗浄、夜明けの記録まで押しつけている。

「倒れたら、体調管理のできない無能として辞めてもらう。ほら、本人希望にしておけ」

主任印を勤務表へ押すと、青い光が走った。千紘が申請していた明日の休日札も、鬼塚は指先で外し、自分の机の引き出しへ投げ込んだ。

その朝は、王都治癒院の労務監査日だった。監査官が詰所へ入り、十四個並んだ千紘の名札を見た。

「これは本人の希望ですか」

「もちろんです。春日井は夜勤手当が欲しいと言いまして」

「私は一度も――」

「黙れ。記録には私の承認がある」

鬼塚は得意げに勤務表を叩いた。

監査官が細い杖を向ける。勤務表は改ざん防止のため、印を押した瞬間の声を短く保存する。鬼塚自身が導入申請書へ署名した仕組みだった。

青い光から、今しがたの声が流れた。

『今夜も残れ。若いんだから眠らなくても平気だろ』

続いて昨日、一昨日、その前の日。

『休憩札は俺が返しておく』

『泣く暇があるなら便所を磨け』

『倒れたら自己都合退職だ』

鬼塚が勤務表を壁から外そうとしたが、監査官の杖がそれを封印した。

「冗談です。指導の一環で――」

「では、こちらも指導記録として扱います」

監査官は別の帳面を開いた。千紘が休憩を取ったことになっている時間、彼女の治癒杖はすべて病室で使われていた。休憩札を偽って裏返した者の魔力も、鬼塚の主任印と一致している。

院長が遅れて詰所へ入り、鬼塚から主任章を外した。

「患者を守る者が、部下の命を削ってよい理由はない」

千紘の十四枚の夜勤札が、乾いた音を立てて床へ落ちる。

院長は監査官から処分書を受け取り、最初の一行を読み上げた。

「鬼塚泰臣。職権乱用および勤務記録偽造により、本日付で解雇する」