夜明けまでの隊長
処刑人セヴラの仮面は、斬った者の顔を夜明けまで映す。声も癖も傷跡も写すため、仮面を着けた者自身でさえ、鏡の前では死者との区別がつかない。
それは死者の無念を忘れないための戒めだと教えられた。だが実際には、誰が処刑したかを曖昧にし、恨みの矛先を死者自身へ向けるための道具だった。
今夜の囚人ラグネは、王弟暗殺の罪を着せられた近衛兵だった。雨の中、広場に集められた民は少ない。王弟は生きており、宮殿の奥で反乱の口実が整うのを待っている。ラグネの首が落ちれば、近衛隊は逆賊として粛清される。
「私を斬れ」とラグネは言った。「首が落ちたあと、仮面は俺の顔になる。近衛隊へ行き、俺の命令として王弟を捕らえろ」
城門の外では、粛清を恐れた近衛の家族たちが夜明けを待っていた。命令が間に合わなければ、百人以上が人質になる。
「夜明けまでしか保たない」
「それで足りる」
セヴラは斧を握り直した。仮面にはもう百を超える顔の裏側が貼りついている。処刑するたび死者の輪郭が重なり、少しずつ自分の顔が削られる。仮面を外せなくなった時、処刑人は完全に死者の一人になる。
「お前には娘がいるだろう」とラグネが続けた。「帰る顔を残せ」
「その娘を、明朝の粛清から守るためだ」
刃が落ちた。
血煙の向こうで仮面が熱を持ち、セヴラの輪郭を押し潰した。鏡に映ったのはラグネの顔だった。彼は首を布で包み、近衛隊舎へ走った。
「王弟を拘束しろ。暗殺は偽装だ」
死んだ隊長の顔と声に、兵たちは従った。夜明け前、地下室から王弟と偽造命令書が見つかった。反乱は起きず、粛清の名簿は焼かれた。
鐘が朝を告げた時、セヴラは娘の家の前にいた。仮面は剥がれ、ラグネの顔も消えてゆく。
娘が扉を開けた。
「お父さん?」
セヴラは答えようとして、自分の頬に触れた。指は何の凹凸にも触れなかった。鼻も唇も瞼もなく、そこには磨かれた革のような平面だけがあった。
娘は悲鳴を呑み込み、それでも彼の手を取った。
セヴラは顔のない頭を下げた。帰る場所は守れたが、帰ってきた者を証明するものは、もうどこにも残っていなかった。