天井裏の四歩

古い社宅へ引っ越した夜、家族は天井裏の足音に気づいた。

と、と、と、と。

四歩だけ。

鼠にしては規則正しく、人にしては小さい。

翌朝、父が焦げた卵焼きを指して、

「このくらいが好きなんだ」

と言うと、天井から四歩。

母が通販の箱を隠し、

「前から持ってた服よ」

と言うと、四歩。

子どもが割れた花瓶を背にして、

「猫がやった」

と言うと、四歩。

天井裏の何かは、家の中で嘘がつかれるたび、四歩歩いた。

最初の一週間、家はうるさかった。

「宿題終わった」

四歩。

「怒ってない」

四歩。

「給料は去年と同じ」

四歩。

家族は足音を止めるため、正直になろうとした。

ところが正直は、思ったより面倒だった。

父は会社で担当を外されたことを言えなかった。

母は仕事を始めたいが、家事が回らなくなるのが怖いと話せなかった。

子どもは転校先で友達ができず、毎日保健室へ行っていた。

ある夜、父が遅く帰った。

「飲み会だった」

四歩。

母は箸を置いた。

「誰と?」

父はしばらく黙った。

天井は静かだった。

「公園で一人でいた。家に帰るのが怖かった」

家族の顔を見れば、自分の失敗が本当になる気がしたという。

母も言った。

「私も、この家でちゃんとした母親を演じるのに疲れた」

子どもも、

「学校、行きたくない日がある」

と続けた。

天井裏は一歩も鳴らなかった。

それで何もかも解決したわけではない。

父の仕事は戻らず、母の面接は落ち、子どもは翌朝も教室へ入れなかった。

ただ、家へ帰るのが怖い人はいなくなった。

やがて家族は、小さな嘘まで正直にするのをやめた。

誕生日の贈り物や、夕食の隠し味まで足音にばらされたら困る。

不思議なことに、誰かを喜ばせるための嘘には、天井裏は黙っていた。

数年後、社宅を出る日、三人は空の部屋で上を見た。

父が言った。

「この家、何もいなかったのかもな」

と、と、と、と。

最後の四歩が響き、三人は笑った。

新しい家には足音がない。

それでも「平気」「大丈夫」「何でもない」が増えると、誰かが指で机を四回叩く。

すると家族は、言い直すべき言葉がないか、少しだけ考える。