好感度マイナス百
崩れる神殿で、桜庭トウヤは女王エメルへ三度目の侮辱を投げつけた。
《好感度システム》
好感度が0未満のNPCは、プレイヤーに嘘をつけません。
現在値:-87
「その王冠、似合ってない」
《-91》
仲間は彼を裏切り者を見る目で睨んだ。エメルの好感度を百にすれば、ログアウト門が開く。それが恋愛クエストの勝利条件だ。だが百へ近づくほど、彼女は同じ甘い台詞しか言わなくなった。
「あなたを永遠にお慕いします」
「この世界で、ずっと一緒に」
永遠。ずっと。ログアウト不能の世界で、その言葉は鎖にしか聞こえない。
トウヤは祭壇の指輪を蹴った。
《-96》
「俺は君の台詞を一度も信じてない」
《-100》
エメルの微笑みが消えた。
「……やっと、嫌いになれます」
神殿全体が静まる。選択肢にない声だった。
彼女は、好感度が正の間はプレイヤーを愛する台本しか話せなかったという。百に到達すれば結婚イベントが始まり、世界は二人の幸福な箱庭として固定される。プレイヤーを帰さないための最終封印だ。
「では、門を開けて」と仲間が迫る。
エメルは首を振った。
「嫌です。あなたたちは私を道具として好きにした。今度は私が、何をするか決めます」
トウヤの胸に痛みが走る。好感度を下げるために吐いた言葉は、彼女を自由にしたが、傷つけた事実まで消えない。
「謝ってもいいか」
「今は聞きたくありません」
正直な拒絶だった。エメルは王冠を外し、ログアウト門ではなく神殿の外扉を開ける。初めて見る朝の街へ、一人で歩き出した。
《恋愛クエスト「永遠の伴侶」失敗》
《隠しクエスト「嫌われる自由」達成》
仲間の一人が「好感度を戻せば門だけでも」と贈り物を差し出した。エメルは受け取らない。数値は-百のままだったが、その拒絶に罰表示は出なかった。
トウヤは彼女を追わなかった。自由にした相手へ、自分を許す役まで押しつけることはできない。
《好感度制御を解除――対象NPCは、プレイヤーを愛さない権利を獲得しました》