妻の聞き込み

 沓掛の妻が疑いを持ったのは、夫のスマートフォンに届いた一通の通知が原因だった。

『今夜も、痛いところをきちんと見せてください。前回の続きから始めます』

 しかも最近、夫は帰宅すると甘い香水ではなく、妙に清涼感のある匂いをまとっていた。妻はそれを「証拠隠滅用の強い香料」と判断した。

 夕食の席で、妻は刑事のように箸を置いた。

「最近、仕事帰りに会っている人がいるわね」

「えっ」

「週に二回」

「どうしてそれを」

「質問するのは私。相手は女性?」

「女性です」

「若い?」

「僕よりは」

「いつから」

「半年くらい前。たまたま駅前で見つけて」

「駅前で見つけた女性と半年!」

 夫は観念したように肩を落とした。

「黙っていて悪かった。君には言いづらくて」

「私に隠れて、何をしているの」

「台の上に寝て」

「寝て?」

「上半身を少し出して」

「出して?」

「痛む場所を触ってもらう」

「ずいぶん具体的に自白するのね」

「向こうは仕事だから」

「お金まで払ってるの!」

「保険も使える」

「制度が整った浮気ね!」

「湿布も出る」

「口止めの品まで?」

 妻は水を一口飲んだ。手が震えている。

「その人に触られると、どうなるの」

「最初は痛くて声が出る。でも終わると体が軽い」

「家では見せない顔を見せてるのね」

「君にやってもらうのは危ない」

「何が危ないの」

「素人が無理に動かすと悪化する」

「プロなのね」

「国家資格を持ってる」

「国家が認めた浮気相手!」

 夫は困り果て、鞄から一枚のカードを出した。

『駅前整形外科 リハビリ予約票

 担当・理学療法士』

 妻はカードと夫の顔を交互に見た。

「五十肩?」

「うん。釣り竿を振りすぎて」

「じゃあ、メッセージの『前回の続き』は」

「腕を九十度から百二十度まで上げる練習」

「私に言いづらかった理由は」

「四十四歳で肩が上がらないのが恥ずかしくて」

 妻は無言で夫の右腕を持ち上げた。

「痛い痛い痛い!」

「本当に白ね」

「疑いを晴らす方法が荒い!」

 翌日から妻もリハビリへ付き添った。浮気防止のためではない。

 医師の前で「国家が認めた相手」と口走ったことを、夫一人の記憶にさせないためである。

 肩より疑いのほうが重かった。