姉のブローチ

玄弥には、亡くなった姉がいる。

姉の命日になると、彼は白い花を一本だけ買った。墓参りには私を連れていかず、帰宅すると靴底の泥を丁寧に落とした。私が触ろうとすると、なぜか手首を避けるように身を引いた。

事故は十年前。学校の非常階段から落ちたのだという。写真を見せてと頼んでも、彼は「まだ無理だ」と断った。ただ、青い石のブローチだけを大切に持ち歩いていた。

妙なのは、玄弥が事故の話をするたび、同じ質問をすることだった。

「雨の日だったよね?」

私が頷くと、次は決まって、「階段は滑りやすかった?」と聞く。まるで私が現場を知っているような尋ね方だ。

もう一つ、彼は花瓶を私の近くに置きたがった。向きを直す時だけ、青いブローチを花瓶の縁へ掛ける。

姉を失った人は、記憶の順番がおかしくなるのだろう。私はそう理解してあげた。

結婚式場の下見を終えた夜、玄弥は姉の卒業アルバムを開いた。ページの端に、痩せた少女がいた。名前を見た瞬間、胸の奥が冷えた。

中学時代、私はその子を「幽霊」と呼んだ。上履きを隠し、階段の踊り場へ追い詰めたのも私だった。押してはいない。ただ、濡れた床で逃げようとした彼女が足を滑らせた。

先生には、彼女が一人で走っていたと話した。周りの子も合わせてくれた。葬儀の翌週、私は青い石のブローチを拾っていたが、気味が悪くて川へ捨てた。その形と、玄弥が持つものが同じだと気づいても、偶然だと思うことにした。似たアクセサリーはいくらでもある。

「知らなかった」と私は言った。「あなたのお姉さんだなんて」

玄弥は写真ではなく、私を見ていた。

「事故だったんだよね?」

私は何度も頷いた。押していない。みんなも笑っていた。私だけが悪いわけではない。彼女がもっと強ければ――そう説明するうち、玄弥の顔から悲しみが消えていった。

彼は婚約指輪を机に置き、「ありがとう」とだけ言った。

私には、何に対する礼なのか分からなかった。

花瓶の縁で、青い石は録音が終わるまで赤く瞬いていた。