婚約指輪と二本のペンライト

瀬川美月は、婚約者の前でだけアイドルファンではなかった。

以前付き合っていた人に、女性アイドル〈Petal5〉の話をした瞬間、「若い女の子に金を使って何が楽しいの」と笑われたことがある。それ以来、ライブの日は友人との食事、遠征は出張と呼び替えた。今の婚約者、白石航平は優しい。それでも、優しい人に軽蔑されるほうが怖かった。美月はライブの日を共有カレンダーへ〈美容院〉と登録し、グッズ代の明細は電子化して、自宅へ届く箱は友人宅で受け取った。嘘は一つずつ小さかったが、結婚準備が進むほど、家の中に自分の置き場所がなくなっていった。

結婚式場の打ち合わせの日、美月のバッグから二本のペンライトが転がり落ちた。夜のライブへ直行するため、底に隠していたものだった。一本は咲依の桃色、もう一本は箱推し用の白。

航平が拾い上げる。

「これ、今日使うの?」

美月は反射的に「友達の」と答えた。だが、ペンライトの持ち手には自分の名前を書いたシールが貼ってある。言い訳は、婚約指輪より薄く見えた。

「私の。ずっと好きなアイドルがいて、今日ライブなの」

航平は怒らず、白いほうのスイッチを押した。昼の相談室で光がぼんやり点く。

「どうして二本?」

「一人で二色振るから」

「一人で?」

その言葉に、美月は責められた気がして俯いた。すると航平は、式場スタッフに打ち合わせを三十分早く切り上げられるか尋ねた。

「二本あるなら、一本は俺が持てるかと思って」

彼は咲依の名前も曲も知らなかった。ただ、美月が何を好きなのか知らないまま家族になるほうが嫌だと言った。

ライブ会場の入口で、美月は桃色を航平に渡した。

「最初は白でいいよ。分からなかったら周りに合わせて」

「咲依が来たら桃色?」

名前を覚えていた。美月は頷き、自分の白い光を点ける。隣で桃色が灯り、左手の婚約指輪に二色が映った。

美月はもう、どちらの光もバッグの底へ戻さなかった。