家族写真の空いた椅子

写真館「ひかり箱」の予約表には、日曜十一時の家族写真が二件入っていた。

一件は私、鞍馬依都と父。もう一件は「安西家三名」。同じ白いスタジオ、同じカメラマンの予約である。

受付の鳩谷さんは入力ミスを疑い、カメラマンの百瀬さんは首をひねった。待合室には、父と、見知らぬ安西芳枝さん、それに大学生くらいの青年がいる。私が父の還暦祝いを秘密にしていたせいで、誰も簡単には予定をずらせなかった。

けれど、安西さんの膝に置かれた赤いネクタイを見て、胸がざわついた。父が若い頃の写真で締めていたものと同じだった。

手掛かりはほかに二つ。安西家の申込書には「三名」とあるのに、来たのは二人。撮影小物として用意された古い木の椅子の裏に、父の名前が鉛筆で書かれていた。

「二重予約をしたのは、百瀬さんですね」

私が言うと、百瀬さんはカメラを下ろした。

二十七年前、この写真館で父と母の結婚写真を撮ったのが、百瀬さんの父親だった。母は私が幼い頃に亡くなり、父はその写真を一度も飾らなかった。先月、遺品整理をしていた安西さん――母の妹が、写真館へ古いネガと赤いネクタイを持ち込んだ。

三名というのは、安西さんと息子、そして写真の中の母。木の椅子は当時、父が座ったものだった。

百瀬さんは私の予約に気づき、別々に撮るより同じ時間に呼べば、疎遠になっていた父と叔母を会わせられると思ったという。けれど勝手なことだと分かっていて、双方には伝えられなかった。

父は赤いネクタイを指でなぞった。

「芳枝さん。姉さんの写真、持っててくれたんですね」

安西さんは目を伏せた。

「返すきっかけを、二十年も逃してました」

白いスタジオに椅子を一脚置き、その背に母の写真を立てた。父、私、叔母と従弟が囲む。予約より二人多い家族写真になった。

撮影後、鳩谷さんが小さな紙袋をくれた。近所の菓子店の還暦饅頭だった。

父は半分に割って叔母へ渡し、照れたように言った。

「今度は、予約なしで来てください」