宿題は明日まで

「宿題は明日までです」

辺境の一室だけの学校で、ティルダ・モーンは十二人の子どもに読み書きを教えていた。午前は年少組に文字、午後は年長組に勘定。授業後には割れた椅子を直し、薪を数え、欠席した子の家へ課題を届ける。村人には、都から流れてきた気の弱い教師と思われていた。

その日、羊飼いの少年ペトは石板を忘れ、日暮れに学校へ戻った。窓の外でティルダが花壇に水をやっている。その背後の麦畑が、不自然に一本の道を開けた。

赤角の斥候鬼が姿を現した。胸には滅びた魔王軍の紋章。村の井戸へ毒標を打ち込み、翌朝には軍勢を転移させるつもりだった。

鬼が杭を振り上げる。

ティルダは如雨露を置き、花壇から小石を一つ拾った。

指で弾かれた小石は、音より先に鬼の角を抜け、額を抜け、背後の毒杭まで貫いた。斥候鬼は驚いた顔のまま灰になり、杭も砂となって風に崩れる。かつて彼女が魔王城の城門を投石一つで砕いたことを、知る者はもういない。

窓の陰で見ていたペトだけが、如雨露から落ちる水滴より短い出来事を見た。

毒標が地面へ刺さっていれば、夜明けに村は地図から消えていた。けれどパン屋の煙突からは夕餉の煙が上がり、羊小屋では子羊が母親を呼んでいる。ペトは石板を胸へ抱いた。先生が守ったのは国でも王でもなく、この不格好な「村」という一文字なのだ。英雄の像よりも、花壇の前で汚れた靴を履く彼女のほうがずっと頼もしく見えた。

ティルダは灰を土へ混ぜ、倒れた麦を手で起こした。足跡を箒で均し、花壇の水やりを続ける。最後に教室へ入り、机の上の石板を少年へ渡した。

「先生、いま、鬼が」

「夕方は影が長く見えるものです」

「でも先生、勇者みたいだった」

彼女は困ったように眉を下げ、石板の未完成の文字を指した。

「勇者より先に、あなたは『村』という字を覚えましょう。守りたいものの名前ですから」

外では麦が静かに揺れていた。明日の朝も、十二人全員がここへ来られる。

ティルダは戸締まりをしながら、いつもの声で告げた。

「宿題は明日までです」