帰宅届は受理しません

【帰宅届】

申請者:父

不在期間:十四年

不在理由:家の貯金を持ち出し、事業に失敗。返せないことを恐れて連絡を絶ったため。

希望:家族に戻りたい。

判定:不受理。

 成人した娘は、駅前の喫茶店で用紙を父へ返した。

「家族に戻りたい、で十四年を消さないで」

「分かっている」

「分かっていたら、母に直接電話しない」

 父は黙って頭を下げた。

 代わりに娘は、別の紙を差し出した。

【面会条件】

一、毎月第二土曜日、公共の場所で四十五分。

二、金銭を借りない。贈り物を持参しない。

三、過去を美談にしない。

四、母との接触は、本人が望むまで禁止。

五、娘を連絡係として当然視しない。

「厳しいな」

「嫌なら会わなくていい」

「署名する」

 最初の三か月、父は遅れず来た。言い訳を始めるたび、娘は腕時計を見た。

「借金さえなければ帰った」

「それは、帰らなかった人の説明」

「お前たちのために離れた」

「置いていかれた側が決める言葉です」

 四回目、父は言い訳をしなかった。

 五回目、返済記録だけを見せた。娘は褒めなかった。

 七回目、父は尋ねた。

「許してほしい、と言わないほうがいいのか」

「それを頼まれると、私があなたを楽にする役になる」

「分かった。では、謝り続ける。返事は求めない」

 一年後、母が初めて父のことを尋ねた。

「白髪、増えた?」

「増えた」

「痩せた?」

「少し」

「会いたいとは、まだ思わない」

「そう伝える?」

「伝えなくていい。私の気持ちは私のものだから」

 娘はその言葉も守った。

 二年目の最初の面会で、父は新しい帰宅届を出さなかった。

「今日は何を話す?」

 娘が聞くと、父は古い写真を一枚だけ置いた。娘が幼いころ、三人で海へ行った日の写真だった。

「持ってきたらだめだっけ」

「贈り物じゃなければ」

「見せるだけ。楽しかった過去が、したことを帳消しにしないと分かったから」

 四十五分後、娘は面会記録の関係欄へ書いた。

〈父。再審中〉

 帰宅はまだ認めなかった。

 ただ、二度と家族になれないとも決めなかった。

 過去の過ちは、玄関で靴を脱ぐようには置いてこられない。

 だから二人は、持ったまま座れる場所から始めた。