幕が床に触れたあと

地方劇団の裏方を始めて十五年、拍手を正面から聞いたことがない。

幕を下ろし、道具を運び、次の場面を整える。俳優が光の中で人生を変えているあいだ、私は暗がりで椅子の脚を締めている。それで十分だった。

新作喜劇の初日、主演は客を何度も笑わせた。大げさな転び方、絶妙な間、泣き顔さえ笑いになる。稽古中、私が台車で足をひいたときも、彼は「床にも役を取られたな」と笑って湿布を投げてきた。優しい言葉を、そのまま言えない男だった。

終幕で客席は総立ちになった。

赤い幕が床へ触れた瞬間、拍手が消えた。

幕の房も、舞い上がった埃も、俳優たちの息も止まり、私だけが動けた。

主演は満面の笑みで両手を広げたまま固まっていた。その靴のそばに、小さな紙が落ちている。

子どもの絵だった。丸い顔の男が舞台に立ち、客席の端に、点滴台を持つ女の子が描かれている。裏には、

「パパ、きょうは見にいけないけど、わらわせてね」

とあった。

彼の頬に一本だけ涙があり、落ちずに光っていた。

私は知らなかった。楽屋で誰より騒がしく、失敗した役者をすぐ茶化す男が、娘の入院以来、一度も病院で泣いていないことを。

脇役の若者は、主演の背中へ手を伸ばしかけていた。いつも反発している相手だ。その掌には、病院へ届ける公演録画のメモリーカードがあった。演出家は叱るために開いた口を、何か別の言葉に変えようとしている。幕一枚の裏には、客席へ見せない顔がいくつもあった。

私は絵を拾い、主演の胸ポケットへ戻した。

それから、誰にも聞こえない舞台で一度だけ拍手した。

幕の向こうから音が戻った。俳優たちが一斉に息を吐く。

主演は胸元に触れ、絵があることを確かめた。私を見たが、何も聞かなかった。

代わりに深く頭を下げた。客席ではなく、暗がりに向かって。

翌日から私は、終演後の片づけを一分だけ遅らせるようになった。

幕が下りたあと、俳優たちが互いの肩を叩く時間を残すためだ。

拍手は表に響く音だけではない。

誰にも見えないところで人を立たせている、もっと小さな音もある。