干潮を忘れた旗艦

海軍参謀ネルヴォが「海を見ているだけの男」と追放された翌朝、旗艦〈金獅子〉は港から百歩の場所で動かなくなった。

提督オスラムは新造船の威容を民衆へ見せようと、日の出と同時に出航を命じた。帆は満風、櫂も揃っている。なのに船底から鈍い音がして、艦が右へ傾いた。

干潮で現れた砂州へ乗り上げたのだ。

後続艦は急停止できず、二番艦の舳先が旗艦の船尾へ刺さった。出港口は塞がれ、敵ではなく味方の船だけで艦隊が封鎖された。

「去年は同じ時刻に出られたぞ!」

提督が叫ぶと、老水夫は答えた。

「去年の同じ日ではありません。月が違います」

ネルヴォは毎晩、月齢、川から流れ込む砂、沖の風を記録し、艦ごとに出航可能な刻をずらしていた。提督が眺めもしなかった灰色の表は、作戦案ではなく港そのものの通行表だった。

しかも〈金獅子〉は改装で喫水が深くなっている。ネルヴォは三日前、「日の出から一刻後」と赤字で書いていたが、追放時にその表も机ごと外へ出された。

潮が満ちれば自然に浮くと考えたが、二番艦の舳先が食い込んでいるため動かせない。綱で引けば帆柱が折れ、切れば船尾へ穴が開く。出征式を見に来た民衆の前で、海軍は敵海域へ一里も進まず救難旗を掲げた。

提督はネルヴォの机から出てきた小石の列を見た。小石は遊びではなく、砂州が毎週どちらへ動いたかを示す模型だった。海面だけを見ていた提督より、追放した男の方が海底の変化まで見ていた。

その頃ネルヴォは、小さな漁港で十二隻の避難船を順番に海へ出していた。沖で火山が噴き、沿岸に高波が来るとの報せを受けたためだ。

「大型船を先に出せば、狭い水道を塞ぎます。子どもを乗せた浅底船から」

港長チェリエは彼の指示に従った。最後の船が砂州を越えた直後、高波が桟橋を洗ったが、住民は全員沖にいた。

帰港した漁師たちは、濡れたネルヴォを肩へ担ぎ上げた。彼は客人ではなく、港湾参謀として迎えられた。

夕方、海軍の高速艇が接岸した。提督直筆で、座礁を隠す代わりに副官へ戻す、潮表を持って来いとある。

ネルヴォは海軍章を封筒へ入れた。

「艦隊との任用契約は、昨日の追放命令で終了しました」