床を空けた鍛冶場
王都の武具工房は、注文を断っていた。腕が悪いからではない。槍の穂先、鉄板、炭袋、型枠が床を埋め、炉から金床まで人ひとり通るのがやっとだったからだ。
「片づけ係を増やしても、物は減らん」
親方は冴の提案を聞こうともしなかった。
冴は工房の壁を指した。煤で黒いだけで、床から梁まで何も使われていない。
翌朝、彼女は壁沿いに天井まで届く棚を組ませた。重い鉄板は最下段、槍材は縦の筒、軽い型紙は上段。床に積まれていた物を、上へ移した。ただし棚の奥行きは腕一本分に限り、何があるか一目で見えるようにした。
職人たちは「地震でも来たら全部落ちる」と笑った。冴は棚を梁へ固定し、工房の扉を閉めると、外から荷車を全力でぶつけさせた。
壁が震えた。金属音が一度鳴っただけで、棚は傾かなかった。
床には、幅三歩の通路が炉から裏口までまっすぐ通っていた。昨日まで十八回も持ち替えて運んだ鎧板を、二人で一度に金床へ運べる。火床へ炭を足す時間は七分から二分になった。
その日の夕方、断っていた騎士団の槍五十本を試しに流した。職人同士がぶつからず、材料をまたがず、日没前に二十一本が仕上がった。従来の一日最高は十二本だった。
見習いの少女が「三寸の留め具」と呼ばれ、いつもの癖で床の箱を探しかけた。だが棚の二段目に同じ長さの束が縦に並んでいる。三呼吸で取って戻った。親方が試しに六種類の材料を続けて命じても、平均二十秒で金床へ届く。
空いた通路では、熱した鉄を運ぶ者と冷却槽へ向かう者がすれ違えた。火傷も転倒もゼロ。これまで一日に七回止まっていた『通してくれ』の怒鳴り声まで消え、聞こえるのは槌の規則正しい音だけになった。
親方は空いた床に立ち、両腕を広げた。工房が広くなったわけではない。それなのに、もう一基の金床を置ける。
騎士団の購買官が完成品を数えた。
「残りもここへ頼めるか」
親方が答える前に、冴へ向き直る。
「王立工廠にも空いている壁がある。棚の設計ごと、君を技術監督として採用したい」