当選通知は別れ話のあと

吉備ささらと水越伸郎が別れを決めた直後、伸郎の携帯電話が明るく鳴った。

〈ご当選おめでとうございます。

ペア限定・一泊二日温泉旅行。

利用期限は明日まで〉

半年前、二人で応募した懸賞だった。

「どうする?」

伸郎が訊く。

「別れた人は、ペアに含まれますか」

「今日いっぱいは恋人扱いで」

「さっき解約しました」

「日割りで頼む」

結局、二人は行った。

宿泊者本人の変更不可、キャンセルしても誰にも譲れないと書いてあったからだ。

何より、別れ話のあとに帰宅して別々の部屋で泣くよりはましだった。

旅館では、若い仲居が言った。

「記念日のご旅行ですか」

ささらは答えた。

「最終日です」

伸郎が咳き込み、仲居は冗談だと思って笑った。

二人は貸切風呂の温度で揉めず、夕食の天ぷらを交換し、卓球では本気で争った。

三年間付き合って、初めて予定がすべて合った。

いつもは仕事の電話で中断された。

休日が重なればどちらかが疲れていた。

旅行を計画すると、家族の用事や繁忙期が入った。

一緒にいる努力そのものへ疲れ、今日、別れようと決めた。

なのに最後の一日は、拍子抜けするほど楽しかった。

露天風呂のあと、川沿いのベンチへ並んだ。

伸郎が言う。

「これが半年前に当たってたら、別れなかったかな」

「一か月は延びたかも」

「一年は?」

「無理」

「正直だな」

ささらは笑った。

「今日が楽しいからって、昨日までが楽しくなかったことにはならない。逆も同じ。別れるからって、今日をつまらなくする必要はないよ」

伸郎は旅館の鍵を指で回した。

「やり直そうとは言わないの」

「伸郎は?」

「言ったら、今夜の楽しさを証拠にするだろ。たぶんそれはずるい」

二人は、同じタイミングでため息をついた。

こういうところだけは最後まで合った。

翌朝、宿の前で記念写真を撮った。

仲居が「次は紅葉の季節に」と言う。

二人は笑顔で頭を下げた。

駅では、伸郎が上り線、ささらが下り線だった。

「写真、送る?」

「一枚だけ」

「連絡先は?」

「消さなくても、使わなければ同じでしょう」

「それもそうか」

電車が同時に入ってきた。

二人は握手をして、別々のホームへ向かった。

その夜、写真が届いた。

画面の二人は、付き合い始めた頃より自然に笑っていた。

ささらは保存し、返信しなかった。

伸郎も既読を確認せず、携帯を伏せた。

旅行が当たるタイミングは最悪だった。

だからこそ二人は、失敗した恋ではなく、最後に楽しかった一泊として別れを持ち帰れた。