恐怖を食べる狐
城壁の外へ出るには、三つの見張り台を抜けなければならない。
フェルカは洗濯籠の中に幼いピノを隠し、震える膝のそばへ灰色の狐を呼んだ。
「怖がっているあいだだけ、おまえを見えなくしてやる」
狐の精霊は牙を見せた。
「そのかわり、恐怖は私が食べる。食べ終えたら姿は戻り、おまえはもう何も怖がれない」
何も怖がれないことを、昔のフェルカなら祝福だと思っただろう。
子どものころは、雷のたびに毛布へ潜り、そんな自分を恥じていた。
けれど薬草師として、恐怖は命を守る感覚だと知っている。毒蛇の音に足を止め、崖の風に身を伏せ、怒鳴る男から子どもを遠ざける。恐怖は臆病ではなく、危険の輪郭だった。
それでも籠の中のピノには、今夜しかなかった。
銀の瞳を持つ子は、夜明けに宮廷へ献上される。
第一の門で、狐が足首に噛みついた。
見張りの槍が目の前を横切る。フェルカの身体は薄く透けた。胸を締めつけていた恐怖が一口ぶん消える。
第二の門では、兵士が籠に手を伸ばした。
狐は腹の底の震えを食べた。フェルカは透明なまま身を翻し、兵士の脇をすり抜ける。背後で怒号が上がっても、最初ほど怖くない。
最後の門を出るころには、指の震えも、喉の渇きも消えていた。
森の闇が口を開けている。奥には夜獣が棲み、道を外れれば沼へ落ちる。それを考えても、心は静かだった。
狐はまだ尻尾の先ほどの恐怖が残っていると言った。
「それを渡せば、森の入口まで見えない。残せば、ここで姿が戻る」
背後から馬の蹄が響く。
ピノが籠の隙間から小さな手を伸ばし、フェルカの指を握った。
「お姉ちゃん、こわい?」
「うん。だから、あなたを連れてきたの」
その答えを覚えておきたくて、フェルカは一度だけ深く息を吸った。
恐怖の味は、冷たい鉄に似ていた。
「食べて」
狐が最後の一口を飲み込む。
フェルカの身体は闇に溶けた。
森の奥で、何か巨大なものが唸った。
もう怖くなかった。
それがいちばん恐ろしいことだと判断できるうちに、彼女はピノの手を強く握った。