手を待つ
わたしは「四十七号」と呼ばれていた。
白い部屋では、手はいつも上から来た。つかみ、持ち上げ、戻す。だから保護施設へ移っても、人間の手が近づけば歯を鳴らした。
ある日、伏見坂夏芽という少女が来た。
彼女も、差し出された手を避けた。施設の人が握手を求めると、両腕を背中へ隠した。長い袖の下に、古い傷があることを、低い場所にいるわたしだけが知った。
「この子、触れませんよ」
職員が言った。
夏芽は答えた。
「私も、急に触られるのが苦手です」
彼女は毎週、わたしの柵の外へ座った。撫でようとせず、本を読んだ。声は小さく、物語の途中でよく止まった。止まっても、わたしを見なかった。逃げ道を残すためだと、あとで知った。
三か月目、夏芽の靴ひもを嗅いだ。
五か月目、袖の端をかじった。
半年目、彼女の隣で眠った。
ある日、見学の子どもが柵へ手を差し入れた。夏芽は怒鳴らず、その手とわたしの間へ本を置いた。
「怖がる子には、好かれようとしすぎないで。安心は、追いかけると逃げるから」
それは、わたしだけに言った言葉ではなかった。
引き取りの日、夏芽はわたしに「朝露」という名をくれた。初めて庭へ出た朝、草の先に光る水を、二人で見たからだ。
家でも彼女は必ず尋ねた。
「触っていい?」
わたしが鼻を近づけるまで待った。近づかなければ、その日は何もしなかった。愛情とは、したいことをする力ではなく、しないで待てる力なのだと、彼女から覚えた。
年月が過ぎ、夏芽は保護動物の世話をする仕事に就いた。子どもたちへ、わたしを抱かせることはなかった。
「かわいいから触っていい、にはならないよ」
そう言って、まず床へ座らせた。動物が近づけば喜び、来なくても「今日はここまで」と笑った。
わたしが老いて食べられなくなった夜、夏芽は手のひらを床へ置いた。
「触っていい?」
わたしは動けなかった。彼女は何時間でも待つつもりだった。
最後の力で、わたしはその手へ顎を乗せた。
人間のすべての手が安全だと、信じたわけではない。
ただ、この手は待つ。
それを知るだけで、一生ぶんの恐怖を越えられる夜がある。