指のない手袋
盗賊は、私の指を折った。
深夜の博物館で警報が鳴り、展示室へ駆けつけた私は、黒い影に突き飛ばされた。目を覚ましたとき、右手の三本は曲がらず、ガラスケースから古い金貨が消えていた。
翌朝、捜査員に話す間も、私は分厚い包帯を胸の前に吊っていた。痛み止めは断った。頭がぼんやりすれば、犯人の姿を忘れそうだったからだ。展示室の監視映像は、私が巡回経路を変更した十二分間だけ途切れていた。盗賊が配線を切ったのだと私は断言した。
「手袋をしていました。黒い革で、指先だけがなかった。背丈は保存修復員と同じくらいです」
自分で言ってから、奇妙な手袋だと思った。保存修復員が金貨の展示方法に反対していたことも伝えた。疑われる理由を、相手より先に並べておきたかった。だが、盗賊なら指紋を残さないために手袋をする。指先を切る理由などない。
もう一つ、捜査員が首を傾げたのは入退室記録だった。襲撃後の午前二時十三分、金庫前の指紋認証が私の右人差し指で解除されている。
「意識を失っていたはずでは?」
「犯人が私の手を使ったんでしょう」
包帯の奥が汗ばんだ。
昼すぎ、保存修復員が病院から来た。額に縫った痕があり、私を見るなり立ち止まった。
「その人です」
私は叫んだ。
「私を殴った盗賊です」
保存修復員は首を振った。
「金貨を上着に入れて出ていくのを見た。止めたら、展示台で殴られたのは私です」
捜査員が机に黒い手袋を置いた。清掃用ロッカーから見つかったという。確かに三本の指先が切り取られている。
「切った部分はどこでしょうね」
私は答えなかった。
捜査員が医師を呼び、令状を見せた。包帯と石膏が外される。三本の指は腫れても折れてもいなかった。その周囲に、黒い革の指先がぴたりとはまり、その内側から薄い金貨が三枚ずつ滑り落ちた。
盗賊の手袋に指がなかったのではない。
私が金貨を隠す指だけを切り取り、骨折した被害者を演じていたのだ。
指を折られたのは、私ではなく、私を止めた保存修復員だった。