指を入れない百日瓶

《百花の夜》は王都一の高級クリームだった。ところが開封三日で酸っぱい臭いが出る。客の指が触れるたび黒い点が増え、返品壺は倉庫の床を埋めた。

「材料が悪いのです」

香粧商会の職人たちは言い張った。包装工場に勤めていた転生者クレッサは、クリームの配合を一滴も変えなかった。変えたのは瓶だけだ。

彼女が作らせた銀筒には、上を押すと底板が少しずつ上がる仕掛けがある。中身へ指が触れず、一押しで同じ量だけ出る。筒の口も、出た分だけ閉じる小さな弁で塞いだ。

商会長は鼻で笑った。「客は金の蓋を見て買う。井戸の道具など売れるものか」

同じ釜のクリームを従来の壺と銀筒へ詰め、真夏の展示窓へ五日間並べた。試す役には、商会で働く二十人が選ばれた。壺は毎朝指ですくい、銀筒は一度押す。判定の日、壺の蓋を開けると、甘い花香に酸臭が混じった。表面には指跡の形で灰色の斑点が広がっている。

銀筒を一度押す。

白いクリームが真珠一粒分だけ出た。百花の香りは製造日のまま。透明皿へ十回押せば、十粒すべてほぼ同じ大きさだった。会計係が量ると、誤差は一粒の十分の一にも届かない。

「仕掛けが高すぎる」と職人頭が食い下がった。

クレッサは返品票を積んだ。先月だけで六百二十八壺。銀筒の追加費用は返品一壺分の六分の一だった。しかも従来壺では客が一度に取りすぎ、二十日で空になる。銀筒なら同じ量が三十二日もった。数字を聞いた常連客たちの目つきが変わる。

その場にいた爪の長い伯爵夫人が銀筒を試した。爪も袖も汚れず、馬車の中で筒を逆さに振っても漏れない。

クレッサは銀筒を二十回押し、透明皿へ粒を並べた。最後の一粒まで大きさは変わらず、底にはすくい残しもない。従来壺の底に残って捨てられる量まで回収できると分かり、会計係は年間利益欄へ金貨千二百枚を書き足した。

「これなら旅行へ持っていける。百本予約するわ」

次々に注文札が置かれ、昼鐘までに八百本を超えた。商会長は従来瓶の発注書を破り、銀筒の図面へ印を押す。

「一万本。包装工房長はクレッサに任せる」