指輪を外したキーマ

都季は婚約指輪を外してからも、左手を握る癖が抜けなかった。薬指の白い跡を、誰かに見つけられそうで怖かった。

深夜まで開いている喫茶店で、キーマカレーを頼んだ。鉄の皿は指を近づけるだけで熱く、細かく炒めた肉からシナモンの香りがした。上には揚げた玉ねぎが輪の形でのっている。

式場には延期と伝えた。両親にも、職場にもそう言った。本当は中止だった。結婚したら仕事を辞めてほしいと彼が言い、都季が断った。話し合いの最後、彼は「じゃあ何のために結婚するの」と言った。都季は答えられず、指輪だけを机へ置いた。

誰にも言えない悩みは、別れそのものではない。彼の問いにまだ答えられないことだった。仕事を選びたい。彼も好きだった。両方ほしかったと言えば欲張りで、片方を選べば薄情に見える。だから「延期」という言葉の陰に隠れている。

都季はキーマを端から食べた。粒の細かな肉が、ごはんの間へ入り込む。揚げ玉ねぎの輪だけは避けた。崩すと、何かが決定してしまいそうだった。

半分を食べたところで、店員が水を足した。都季の左手に目をやった気がしたが、何も聞かなかった。ありがたくて、少しだけ困った。

最後の三口になっても、輪は皿の中央に残った。都季はスプーンの背を当てた。乾いた玉ねぎは思ったより簡単に割れ、細い欠片になってカレーへ沈んだ。ひと口ごとに、さくりとした歯触りが混じった。

指輪は壊していない。約束がなくなっただけだ。仕事を選んだから別れたのでもない。二人で同じ未来を作れなかった。それは延期ではなく、終わりだった。

都季は最後の欠片まで食べ、スマートフォンを開いた。家族のグループに打ちかけていた「式は延期になりました」を消す。

送信画面の上で、薬指はもう握られていなかった。白い跡は消えていなくても、隠すために手を閉じる必要はなかった。

代わりに「式はありません」と入力し、空の皿が冷める前に送信した。