採点禁止
介護分担アプリを入れた日、姉弟は少し安心した。
〈食事介助 二点〉
〈通院同行 五点〉
〈夜間対応 八点〉
〈排泄介助 三点〉
月末には自動で合計が出る。
姉、六十八点。
弟、四十一点。
「来月はもう少し来て」
姉が送ると、弟はすぐ返した。
〈施設費の手続きは点にならないの?〉
〈電話で十回断られた〉
〈それは介護じゃなく事務〉
〈誰がやるの〉
翌月、弟が設定を変えた。
〈役所への電話 一点〉
〈保険書類 一点〉
〈姉の愚痴を聞く 十点〉
〈勝手に項目を増やすな〉
二人のやり取りは、母のタブレットにも同期されていた。
言葉が出にくくなった母は、画面を長く見たあと、震える指で新しい項目を作った。
〈私の前で採点 マイナス百点〉
姉弟は黙った。
その晩、母はさらに入力した。
〈してほしいことを聞く 十点〉
〈できないと言う 十点〉
〈代わってほしいと言う 十点〉
翌週、アプリの得点機能を消した。
代わりに三つのボタンを置いた。
〈今つらい〉
〈代われる〉
〈今日は無理〉
最初に〈今つらい〉を押したのは姉だった。母が眠らず、二日続けて仕事へ遅刻していた。
弟は〈代われる〉を押し、その夜だけ実家へ泊まった。
次に押したのは弟だった。施設探しで二十件断られ、電話をかけるのが怖くなっていた。
姉は〈代われる〉ではなく、〈今日は無理〉を押した。代わりに、翌日の昼休みに一緒に電話する予定を入れた。
母の介護は、点数を消しても軽くならなかった。
姉の夜は長いまま、弟の遠距離移動も減らない。できない日には、互いに腹も立った。
それでも、月末に勝敗は出なくなった。
アプリの最終画面には、母が作った項目だけが残っている。
〈家族でいる 採点不能〉
姉弟はその表示を消さなかった。
介護の量を見えるようにすることは必要だった。
けれど、見えた数字で相手を裁き始めた瞬間、母まで競争の理由になってしまう。
二人は点ではなく、助けを求めた回数を見せ合うようになった。押せなかった日があれば、翌日に理由を聞くことも決めた。