敗者インタビューを始める前に

決勝マップの残り時間は二分三十秒。橘川謙伍の視界端に〈神経リプレイ残量一〉が点滅していた。

隣の席で松籟大知が、割れたスペースキーを叩く。

「あと一キル」

その一キルを取った瞬間、大知の脳接続端子は過熱し、心停止する。謙伍は七回、試合開始二分半前へ戻った。

一度目は敵へ突っ込んで負けた。大知は一人で逆転した。二度目は回線障害を装った。運営が予備回線へ切り替えた。三度目は「端子を抜け」と叫んだが、大知は笑った。

「今抜けたら、俺たちの六年が無駄だ」

成功条件は試合終了時、大知の脈拍が百六十未満であること。だが優勝への興奮だけで百七十を越える。残った一回を失敗すれば、大知は死ぬ。

最後の試行でも、割れたキーが鳴った。

「あと一キル」

「その前に話がある」

謙伍はチーム内音声を大会配信へ開放した。半年前、対戦相手の戦術データを買ったこと。今大会でも使ったこと。大知には黙っていたことを、観客百万人へ告白した。

会場の歓声が消える。運営卓のランプが赤くなり、試合が強制停止した。脈拍計は百五十八で下降を始める。

「嘘だろ」と大知が言った。

「あと一キルだったんだぞ」

「だから、取らせなかった」

失格処分。優勝賞金は没収、過去のタイトルも審査対象になった。大知は医療スタッフに囲まれながら、謙伍を一度も見なかった。

時計は二分三十秒を過ぎ、戻らなかった。

大会後の検査で、端子の欠陥は公表された。だが世間が覚えたのは欠陥ではなく、謙伍の不正だった。スポンサーは損害賠償を請求し、元チームメイトは連絡先を消した。病院から退いた大知は、割れたキーを封筒で送り返してきた。便箋は入っていない。謙伍は反論文を書きかけ、保存せず閉じた。自分を正当化する文章まで勝ち筋に変えたくなかった。

深夜、謙伍は六年間使ったアカウントを削除した。確認画面で、割れたスペースキーだけが机の端から落ちた。大知を生かした代わりに、二人が同じチームだった記録は、すべて敗者の側へ移った。